”館内では携帯電話の電源はお切りください” って言われなかったかい?
補足:前回言った『ノイマン』というのはジョン・フォン・ノイマンのことです。本編とは何も関係ないし、出てくることもないです。
呼び出された場所は、私鉄駅のモールだった。
当然午前3時にはシャッターが閉まり、人など誰もいないはずだった。
だがどうしてか、シャッターは開き、ただただ彼を待っていた。
恐る恐る中に入ってみると、非常灯のみを頼りに、人がいるのが確認できた。
そこに立っていたのは2人。
一人はブロンドの少女。クルンとカールした髪は肩から胸にかけて流線型を描いている。ハッキリとした目つきと口調は間違いなく快活な印象を与える。
一人は白と黒の少女。まったく手入れされていない髪は、だらしなく全方位に伸び切っていた。今にも噛みつきそうなその目を見ればロクな育ちをしていないことは容易に想像できる
そこに来たのは1人。
片目を隠した少年。やはり手入れはしていなく、初対面の人間からは『それ見えてるの?』と毎度言われるらしい。そして大きなバッグを背負っていた。
先に口を開いたのは少年の方だった。
「……お前があれか。その、あれだ。俺のアレを盗んだやつか」
おいそれと『ネコミミヘッドホンを持っているのはアナタですか』と聞けないあたり、彼は小心者なのかもしれない。
――――その気持も理解できないわけではないが。私だったら嫌だね、うん。ネコミミくらいくれてやって無視するだろう。
「――――よく来たね。君、名前は?」
次いでブロンドの少女。メールアドレスにそれらしい単語があったので、名前の推察はできるのだが、そうじゃない。目的はそこじゃない。
「……どうして名前を教えなきゃいけないんだ、スリがこの野郎。俺は一発あんたらを殴ってもいいと思うんだが」
軽口を叩く。挑発のつもりではなかったのだが、――――突如として空気が変わる。
尋常ならざる殺気を感じた。目付きの悪い方からだ。
「ハッ、吠えるじゃねェか。いいか、こういうことだ。――――『これから殺されるやつの名前くらい知りたいだろう』……ってな!」
殺される……? 彼の中で言葉が反芻される。
一瞬なにを言っているのか分からなかった。だが、それよりも早く体が動き出す――――!
自然と駆け出す。つま先からてっぺんまでの細胞が警鐘を鳴らしていた。
「警棒……いや、スタンロッドか!」
目付きの悪い彼女の手にはいつの間にか特殊警棒があった。
形状は特殊警棒そのものだ。だが、バチバチと放電しているのが見て取れる。
現実的ではないが、特殊警棒を改造して通電させたものだろう。
ただの特殊警棒でも殴られれば骨折もあり得る。それに加え触れるだけで制圧される可能性が生まれた。
「触れれば終わりだぜ。せいぜい楽しませろよ!」
相手は全力で駆けてくる。ごく普通の一般人であれば勝機はないだろう。
だが、彼には策があった。
「――――よし、そのまま来い……。こんな展開を予想していなかったわけではないんだ」
彼は無様に逃げる、フリをする。
逃亡も虚しく、すぐに追いつかれ、特殊警棒のリーチが届く範囲まで来た……。
それもそのはず、彼は背負っている大きなバッグに、重りを入れていた。その重さ30キログラム。
彼は元々走りに自信があるわけではない。それに加えて重りの入ったバッグ。
勝てる見込みなど一つしかない。――――このバッグを思い切り顔面に食らわせてやることだ。
「――――っっとと、うわっ!」
足がもつれ、倒れる。――これも作戦だ。
こうすれば追い打ちをかけるように上から叩きつけてくる。
倒れ込めば、バッグを脱ぐカモフラージュができる。
――――ここがチャンスだ。
「あっけねェな! 終わりだ――――!」
「――――――――ああ、そうだな。あっけないっ!」
体を翻す。足から順に回転をかけていく。遠心力を最大まで付加する。
「なッ――――?!」
スタンロッドとバッグがぶつかり、バチバチと焦がしていく。しかし、彼まで電流は届かない。
スタンロッドを押さえ込み、その目付きの悪い顔に30キログラムの塊が叩き込まれる――――!
倒れ込むことは、ブレーキの役目もあった。
つまり、相対速度を上げるため。――――全力疾走で突っ込んできたことを加味すれば、重りは実に100キログラム相当になっていただろう。
「ブッ――――ガハっ!」
不意打ちをもらい、鼻血を噴出しながら彼女は吹き飛んだ。
「――――はぁ……、はぁ……。鉄プレートを仕込んでいた……。モロに食らったら脳震盪で立てないだろ……」
彼の予想通り、脳震盪で彼女が起き上がることはないように見えた。
ここで立ち上がってくるようなら万事休すだったが、どうやらうまくいったようだ。
「あら……。なかなかやる」
感嘆したのはカールヘアの方。
素直に賞賛していた。
「へへっ……。うまくいくとは思わなかったけどな。備えあれば憂いなしってことだ」
「いやぁ、不意打ちとはいえブリットを倒すなんて……よく頑張るね。機転が利いて、運動神経もいいみたいね。うんうん、――――これなら合格だ。おめでとう」
「合格だと? お前はさっきから訳の分からないことを……いいからヘッドホン返せ。護衛はもういないんだぜ。そもそも何が目的なんだ?」
バッグを捨て、徐々に近づいていく。彼は会話など必要としていない。場のつなぎのために質問しているのであって、それは意味をなさない。
もはや不意打ちは不可能。ならば肉弾戦しかない。
だが、明らかに強そうな方を先に倒したことで、精神的に安心したし、何より残りの彼女は軽く組み伏せられそうなほどに華奢だ。
「質問が多いね。まあいいや――――。次の相手は私。詳しい話なんて、あとでもいいよね」
そう言って彼女はポケットからガラケーを取り出し、――――そのアンテナを引き抜いた。
「何をする気だ……?」
「――――さあ、何をするのかな? ――――開場の時間だ。覚悟してね」
――――不鮮明に点滅し、暗闇と共に彼女を不気味に照らす非常灯だけが、その答えを知っている気がした。