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”君も今日から主人公だ!”とか言っておけばいいかな?

 これはとある好青年が残したノート。その中で最も丁寧に保管されていたものだ。

 『今日は筆がノリそうなので一つ作品でも作ってみよう。しかし私はあまり物書きが得意ではないので、試行錯誤しながら遊び程度にでも記してみようと思う。


 さて、まずは人物の紹介といこうか。


 まずは主人公、この作品の主要人物。黒髪で片目を隠し、背は日本人にしては高い方で、どちらかというと痩せ気味に見える。これでヘッドホンでも首にかけて音ゲーとかやっていれば完璧だろう。――音ゲーはやっていない模様だが。


 しかしヘッドホンはやっぱり装着していた。これで見た目は異常なくらいに通常な典型的オタクだ。ただ一つ、そのヘッドホンがネコミミを模していなければ、の話だが。


 平生から近寄りがたい雰囲気を醸し出し、さらにヘッドホンまでつけているのだから、目立たないどころか、影に潜み朝の通勤・通学ラッシュを流れていく。そういう算段のはずなのだが、どうしてもそのネコミミが悪目立ちして、彼の根暗な瞳をシュールさで彩っていた。


 元々どういうつもりでそんな変わり種を身に着けているのか私は理解に苦しむのだが……。



 人がひたすら同じ方向へ歩いて行く、電車の乗り換え。彼もまたその一人であり、どの人もそうであった。


 そこに老人が一人だけ逆走していた。まるで流れの早い川に佇む石のように、その老人は流れに負け立ち止まっていた。

 どういうことなのか分からないが、その爺とも婆ともとれる老人は、腰を90度に曲げ、キャリーバッグに完全に身を預ける形で歩いていた。


 しかしそんなでは前は見えず、ただひたすらにその老人からはアスファルトだけを捉えていただろう。

 今までどうやって歩いて、いや生きてきたのかすら分からないのだが、ただひとつ言えるのは『クッソ邪魔だなコイツ死ねゴミ』ということ。


 別に差別で言っているのではなく、かといって老人をないがしろにしているのでもない。ただ、そう思っている人間がこの川にどれだけいるのか、という話だ。


 もちろん、この話の主人公こと彼も同じように思っていた。スマホを片手に、ネコミミを頭に、そして半目だけを老人に。


 ただ、川を流れるだけの水にすぎない彼にも、人の心はあった。本心で『邪魔クセェ』とホンキで思っていようと、彼の中に眠る血がそれを許さない。

 気がついたら彼は、老人に駆け寄り、肩を貸していた。


「大丈夫ですか」

「ああ、ああ、すみませんねぇ」

「いいんすよ、おじいちゃん、かな? 行き先は? 駅だったらそこまで送りますよ」

「ええ、すみませんねぇ」



 彼がこんなことをしたのは気まぐれでも、暇だったからでもない。それはもちろん彼が正義の味方であり、困っている人を見捨てられない性格だからだ。

 しかし、その恩恵を受けた者ならばいざしらず、今日日『お年寄りを助けてました』などという言い訳が通じるような時代でもない。

 なんのことか。それはもちろん、彼が大学に通う学生であり、今日は1限から講義であり、老人を見事に送り届けたときには既にどうやっても間に合わない時間をスマホが示している、ということである。


「おー遅刻だぞお前」

「サーセーン。ジーさん助けてました」

「またお前はそういうこと言って……それで何回遅刻してんだよ。ラストだったのにバカだなぁ」

 当然のように彼は講義に遅刻し、もとより出席率が芳しくない彼は、立派に補講が決定したを教授から告げられた。だが彼は後悔はしていないだろう。

 老人から貰った感謝の言葉は彼を幸福にするには十分なのだ。


 ……実際に現状が幸福かどうかは別だが。



 ――――――――彼が立ち去った改札。駅員に引き渡された老人は静かに顔を上げる。



 ――――それは老人というにはあまりに若い。いや、それどころか成人すらしていないように見える。

 背筋を伸ばすと、元の姿勢からは不自然な身長を見せた。その怪奇現象とも思える光景を、駅員は顔色一つ変えずに見ている。


「なァそれ気持ち悪りィぞ」


 駅員が口を開く。とても駅員に見えないその口調、今にも噛みつきそうな鋭い目つき。帽子を取れば全く整えずボサボサと伸び放題な髪が姿を見せた。

 その姿を見れば誰もがマトモな育ちをしていないだろうと思うに違いない。実際にそうだ。ついでに言っておくと女だ。


「あーあンだって? 年寄りは耳が遠くてねぇ」


 ケラケラと返す言葉は元老人で、顔立ちも髪型も何もかもがさっきとは別人である。クリンとカールしたブロンドは肩から胸にかけて流線型を描いている。パッチリとした目にハッキリとした口調は間違いなく快活なイメージを植え付けるだろう。


「ブッ殺すぞ。で、どうなンだ」

「いい子だね、うん。ただそれだけじゃ分からないけど。まあ第一条件はクリアってところかな」


 ――――彼女らの思惑。それは先程の彼を見、そして試すこと。

 ――――彼が主人公の器であるかを図っているのだ。

 誰の、どのような組織の、どんな仕掛けなのかは追々書いていこう。



「ただ、おじいちゃんとか言ってたけど、私は女の子なんだけどね! それも乙女だからね!」



 さて、そろそろ次の人物の紹介といこうか。



 ――――何を隠そう、彼女らも――――主人公だ。

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