怒り鼠
「それでは、報酬をお渡し致します」
アンプの町、ハンズ支部。受付の娘が依頼完了の手続きを行っていると、上階にある支部長室から大きな物音が聞こえてきた。
「マルディ。もう一度言ってみろ」
男が応接室のテーブルを殴りつけた音だ。
頭髪は鋭く張り詰めて剣のように伸び、トゲのような体毛は寄りつくものを貫こうとするように逆立てている。
普段は細められた目も、体の中のあふれる怒りが内側からこじ開けたように見開かれている。
まるで無数の剣を背中からはやした、ハリネズミのような風体の男は、いつもの粘りつくような話し方も忘れて怒りをあらわにしていた。
「ソードラットさん、落ち着いてください。調査依頼は今度こそ取り下げです。
先ほど報告が入りました。略奪者は、騎士団第四師団のワルダー率いる部隊が討伐。ワルダーと運ばれた身元不明者が略奪者だったそうです」
怒るソードラットにおびえつつ、マルディは答える。
「てめぇマルディ。そんなのが通ると思ってんのか? 肝心なこと言ってねえじゃねえかコラ。やられたのはザムの野郎だろう! あいつとの付き合いを知らねえとは言わせねえぞおい。あいつやられて、おれが引き下がると思ってんのかてめぇ!!」
荒れ狂うソードラット。背面に生える無数の剣は金属の擦れ合う音をたててこすれあう。
「お願いですソードラットさん。背中の剣を収めてください。こちらも連絡を受けたのはついさっきで、これ以上の無駄足を踏ませないように急いでお伝えしたんです」
剣が触れた椅子や棚がどんどん切れていくのを見たマルディが何とかいさめようとするが、ソードラットは全く落ち着く様子がない。
「何から何まで遅せえんだよぼんくら。マルディこら。てめぇ刻んでやるからそこ立てよ。なぁ。なぁ!!」
ソードラットの飛び掛る姿勢を見て、マルディは蒼白だ。
部屋にあふれる怒気と、普段とは全く違う様子のソードラット。
マルディは心の底から自分の生命の危機を感じていた。
ソードラットの腰が沈む。
飛び掛る。とても逃げられない。目を伏せるマルディ。
だが、刃はいつになってもマルディの身を襲わない。
体をかばう様にしていた手をどけたマルディの目の前には紙が突き出されていた。
「いやいやマルディさん。手付金はくれるって話でしたけど、ここまで無駄足払ったんですから必要経費ってもんがありますよねえ? なぁ」
普段通りの様子に戻ったソードラット。
その頭髪、剣一本だけがいまだにマルディに向かって突きつけられている。剣の先端には、アンプ一の高級宿に一ヶ月泊まれるだけの金額が記載されていた。
「……はい」
疲弊しきったマルディは頷くしかなかった。