ハイルマン
王都ザイル。
騎士団総団長ハイルマンは、政治の中枢である右塔にいた。
「騎士団長殿。独断で門全ての閉門を行った挙句、ほほ、突然開門せよとはどういうことでしょう」
声をかけるのは、王都元老院の大老ツォルム。
皮膚のような質感のひげを口から二本たらし、丸顔一杯にしわを寄せてしゃべるこのツォルムは役職の名前通り建国から王都を知る老人で、元老院の最有力者だ。
「危機は去った」
軍人であるハイルマンは要点のみを短く告げる。
「ですから、どういうことです、と伺っているのです。王都の周辺には危機があったのではないのですかな。危機とは軍の出撃がなくともなくなるものなのですか。ほほ、それならば軍などいらんでしょう」
ツォルムは絡むようにハイルマンに問いかける。
王都の元老院は、ツォルムのような知恵者、見識豊富と認められた老人が集う議会である。
経験と知識に基づく執政は王都の平安と繁栄をもたらす一方で、年配のものならではの頑固さが見える事もしばしばであった。
特に軍務に関してはその頭の硬さは亀の甲羅より強固で、今回のように早急な対応が求められる場合の「右」を経由しない処置は一向に理解されず、こうしてハイルマンは老人達に絡まれていた。
もちろん、ツォルムはハイルマンの対応の意味を理解しており、またその手腕も買っている。
だが元老院の面々からすればハイルマンはまだまだ青二才のようなものであり、自分達を通さずに重大な決定を行うのは面白くない。
今回の呼び出しは老人たちの憂さ晴らしのようなものであり、ハイルマンはそれがわかっているから余計な口を利かないようにしているのだ。
「ワルダーの意識が戻った。略奪者の脅威はもうないそうだ」
「略奪者がいなくなったのはわかりました。それはなにより。ですが、ワルダー殿の軍を襲撃したのは何者です。そちらの報告は、ほほ。受けていませんねえ」
「そちらはロベルが向かった。ロベルに文句があるなら本人に言え」
絡むツォルムに、ハイルマンは最高の武力をちらつかせる。
「では戻ってきたら、ロベルさんにも来てもらいましょうかね。ほほ」
「わかった。では門の件、頼んだ。失礼する」
「ほほ。また遊びに来るんですよ、坊や」
ハイルマンは舌打ちをして大老の執務室を出る。
右塔を出たハイルマンは、馬車で左塔に向かう。
御者を務める男が告げる。
「ロベル様がお戻りだそうです」
「そうか。向かってくれ」
ハイルマンは良いように遊ばれた怒りを吐き出すように、大きくため息をついた。
左塔。総団長の部屋は最上階にある。
自分の執務室にロベルを待たせているハイルマンは、昇り鳥を使って自室へ向かった。
「お戻りですか、ハイルマン殿」
「会議を放り出してどこへ行っていた。あとで右塔に来いと爺どもが言っていたぞ」
ハイルマンは剣を机の脇に置きながら、そう告げる。
「ハイルマン殿。おれを売りましたね」
どうやら意図がばれているらしい。ハイルマンは苦笑する。
「どうせ街道を見に行ったんだろう。門を開けさせるには理由がいる」
もっともらしい理由をハイルマンは答えるが
「やれやれ。忘れなかったら行きますよ」
押し付けられたロベルも、どうやら逃げるつもりのようだ。
ロベルの剣の腕は、騎士団は勿論、民衆にも広く知れ渡っている。
武力と民の人気の高さから、ロベルもまた老人達に気に入られているのだ。
しかし、老人たちのしつこい愛情は、本人からすれば面倒で仕方がないのだろう。
「で、収穫は」
ハイルマンは話を戻す。
「ワルダー殿の隊を壊滅させたのは、おれの古い知り合いでした」
「なぜ、お前の知人が王都騎士団を襲う」
「いろいろ行き違いがあったようです。おれが騎士団に入っていることも知りませんでした。どうやら誰かに頼まれて、略奪者の討伐に向かっていたようです。ワルダー殿達と鉢合わせ、襲われたので攻撃に出たのでしょう」
ハイルマンが睨む。
「何を隠している。ワルダーがそんなに簡単にやられるというのか」
「おれがもう一人現れたと思ってください」
目をむくハイルマンを尻目に、ロベルは続ける。
「騎士団には手出しをしないよう、伝えてきました。王都に被害が出ることはないでしょう。討伐するというなら止めはしませんが……もう一度言わせてください。おれがもう一人、です」
「……わかった。略奪者はワルダーが討伐したものとし、お前の知人とやらはいなかった事にする。ヤイズを呼んでくれ」
ロベルに背を向け、ハイルマンは言う。
「今度はヤイズが生贄ですか」
「お前が言うな。誰の知人をかばう為だと思っている。ワルダーの怒りくらいは引き受ける」
「感謝しています。では、失礼します」
そういうと、抜き身の剣を掴んだロベルはハイルマンの部屋を退室していった。