帰還
両手でつまんだ毛玉を、引っ張ってみる。
「ピピルルルル……」
手の中で困ったように、毛玉が鳴いた。
横に広がった口からは、小さな牙が覗いている。
小さすぎて噛まれてもちっとも痛くなさそうだ。
オロはピピルを見ながら、くすりと笑う。
今度は羽をつまみあげてみる。
「ピッ。ピピルピルッ。……ピル……」
じたばたと、手の中からピピルが不満をつげる。
さすがに、やりすぎたかな。
もう少し触っていたい気持ちをこらえてそっと離してやる。
開放された白い毛玉は、逃げるように黒衣の男へ羽ばたいていった。
------
男達が来たのは、一家が昼食を摂っている頃だった。
オロ達が食卓を囲んでいると、ザムが突然口を開いた。
「臭い」
「そう? 何も感じないけど……お肉が傷んでるかしら」
顔をしかめながらもどこか嬉しそうなザムは、食材を気にするマーリィに首を振る。
「そうじゃない、これはあいつの匂いだ」
「あいつ? ああ……、どうしたのかしらこんなに頻繁に顔を見せてくれるなんて」
マーリィは夫の返事を聞いて、納得した表情になった。
そして鼻を引くつかせるオロも、嗅ぎ覚えのある臭いを嗅ぎ取る。
染み付いた下水の臭い。
そしてそれを何とか誤魔化そうとする、香草の香り。
やがて響く、玄関のドアを叩く音。
出迎えるマーリィが見たのは、旅と戦いの汚れそのままの姿のモンゼンたちだった。
------
「どうだよ、スミス」
オロから逃げたピピルは、黒衣を纏った肩へその体を下ろした。
ピピルを肩に乗せたモンゼンが、ザムの腕を見る金髪の優男に呼びかける。
「うん、腕が落とされてるっていっても肘から先だしね。これなら、握る、離す、くらいは自在の腕つくれるよ」
スミスと呼ばれた男は、振り返ってモンゼンに答えた。
「いやいや、残念ですねえ。あんたが槍握れなくなって情けなく泣いてるの、見たかったんですが」
ボロボロの服に、あちこち折れた体毛。
まるで残念でなさそうな顔で言うのは、ソードラットだ。
「お前、嬉しそうだぜ」
モンゼンがソードラットを指差し、笑う。
「ソードラット君、素直じゃないんだね」
スミスも同じように、笑う。
「こいつはへそ曲がりなんです」
「ええ、昔からそう」
ザムとマーリィも、笑う。
「ふふふ」
オロも、笑った。
恥ずかしさで顔を背けるソードラットが、可笑しかったから。




