結末 2
歩み寄る友人を見ながら、ブッチが諦めたように言う。
「ま、しょうがねえわな」
言葉の気楽さ同様に、その顔には絶望はなかった。
「ところで、思ったんだがよ」
気さくにブッチが、問いかける。
「なんです?」
「手と足やられて動けねえならさ」
ブッチがわずかに身じろぎした。
「手と足いらない体に進化する……っ! ってのはどうだよ!」
ズルリ。
突然、ブッチが動く。
動けないはずの鋼線の拘束から、頭一つ伸びていた。
きつく縛られた手足だけを置き去りにして。
ブッチ達『匙椀』には、脱皮の特性は一切ない。
しかしその様は、まるで皮を脱ぎ捨てる蛇のようだった。
「警告だよ。動かない方がいい」
それまで成り行きを見守っていた、スミスが突然声を発した。
「腹ペコで飯を目の前にしてんだぜ、お預けなんて聞けねえって」
少しずつ身を揺すり、ブッチはずるずると『脱皮』を続ける。
「うーん。でもそれ以上動くと、首落ちるよ?」
ゴトリ。
スミスが、罠の存在を告げる前にブッチの首が、落ちた。
念の為、モンゼンがソードラットの所へ行っている間に、細く鋭利な鋼糸をブッチの周りに張り巡らせていたのだ。
腰から腕が生えたような、不気味な姿でブッチは倒れる。
頭部を失った首からは、鮮血を撒き散らしていた。
ビヨンの町に、何度目かわからない血飛沫が舞った。
「まいったな。念の為の用意だったんだけど……え?」
困ったように言うスミスは、突然驚きの様を見せる。
怪我の痛みも忘れて、ソードラットが飛び掛ってきていた。
「……っ」
ソードラットは無事な方の手でスミスの胸倉を無言で掴みあげる。
まるでその様子は、何かを必死で堪えているようだった。
しばらく睨みつけると、やがて無力な自分の手を離しながら、言う。
「……やれやれ。結局、一発殴ってやれなかったじゃねえですか」
本当に言いたかった言葉とは違うという事は、その場の全員がわかっていた。
「あのよ!」
突然、モンゼンが大声を出した。
「あの夜さ。楽しかったな」
何かを振り切るように、モンゼンは明るく言う。
「お前ら二人でべろべろに酔っぱらって、散々絡みやがってよ」
口ぶりとは裏腹に、嬉しそうに、何かに耐えるように。
「挙句にピピルまで酔っ払っちまうんだからな。おれだって、酒飲みたかったんだぜ」
ソードラットは返事もせずに、そっと拳を握り締める。俯いたまま。
「ブッチ、別れ際に言ってたぜ。ソードラットを頼む、ってな」
「ふん。余計なお世話です。あのバカ」
やっと返ってきた声は、震えていた。
モンゼンは震える肩が収まるのを待ち、声をかけた。
「そういやその怪我、どうする」
「どうするってなんです?」
答える声は、もういつも通りになっている。
「おれが殺せば、体の怪我は治るぞ。毛は無理だけどな。一回体験してるだろ」
ソードラットは、答えを聞いて顔をしかめた。
「頼みたくなくなる話ですねえ」
「そういうなよ。おれが殺した場合は、気がつくまでちょっと時間かかるけどな」
もう動かないブッチを眺めながら、モンゼンが言う。
「ピピピル! ピルル!」
突然、スミスの腰からけたたましいピピルの鳴き声が響いた。
何かへの威嚇のように、鋭い鳴き声だった。
「すぐ傍で大声を出さないで欲しいな、おちび君。どうしたんだい? 」
耳を塞ぎながら、スミスは腰のピピルを見る。
モンゼンとソードラットも、驚いたようにスミスの方を見ていた。
いや、正確にはスミスの後方から歩いてくる男を、である。
向こうからやってくるのは、棒のように痩身の男だった。
体中に包帯を巻きつけた体は見るからにひ弱そうだが、不吉な気配を振りまいている。
「せっかくの出来だったんだがな」
男が、口を開いた。
どうやらその評価は、ブッチに向けられたものらしい。
「なんだ、お前」
モンゼンが問いかける。
男の異様さを警戒してか、既に戦える構えを取っていた。
「私は、マレシウス」
名乗る男に、ピピルが怯える。
彼の体からは、死臭がしていた。




