変貌 3
モンゼンは、走り出す。
ブッチは腕を跳ね上げたまま硬直していた。
そうか、ちゃんと見せたのはこれが初めてだもんな。
ふと、そう思いながら。
がら空きの懐に潜り込む。
ブッチが慌てて右手を振り下ろして来るが、拳で跳ね除けた。
赤い液体を撒き散らし、砕け散る分厚い手。
血しぶきに紛れて、ブッチのうめき声が聞こえる。
「わりぃな、もう倒すって決めたからよ」
ぼそりと告げ、モンゼンは腰に引いていた左手をブッチに伸ばした。
目の前に広げられた分厚く巨大な掌。
この強固な壁でブッチは身を守ろうとしているのだろう。
しかしその発達した掌は、モンゼンの前では何の意味もなさなかった。
鉄壁の壁は、まるで水風船のようにはじけ、また血煙を当たりに撒き散らす。
「多分すぐ治っちまう。ちょっと寝ててくれ」
守るもののなくなったブッチに、告げる。
モンゼンは、既に状況を受け入れていた。
倒すしかない。
戻す方法などない。
ブッチの住んだ町は滅び、家族は受け入れがたい末路を辿っている。
ここで終わりにするしか、ない。
ためらいなく放たれたモンゼンの拳は、ブッチの体をたやすく突き破っていた。
両腕を失ったまま、ブッチは地面に倒れた。
しかし、完全に命を失い、『殺した』事実が『取り消される』までさほど余裕はない。
攻撃が無効化する前に終わらせなければ。
「ソードラット」
モンゼンは、屋根から様子を見ていた男を呼んだ。
「あとは頼むってのかよ、コラ」
「わかってるだろ、おれじゃブッチを終わらせてやれねえ。多分、治るまでそんなに時間はねえぞ」
歩み寄るソードラットから、視線を外しながら告げる。
「……ケッ。こんな胸糞悪い只働きは初めてだぜクソが」
「すまねえ」
「てめえが謝る事じゃねえ」
やり場のない憤りが、漂っていた。
そして、新たな絶望が声をかけてくる。
「お前はさ、いっつも働きすぎなんだよな」
ブッチは既に復活していた。
突然、モンゼンは何かに足を取られる。
「おわっ!」
巨大な手が、モンゼンの足を包み込んでいた。
「なっ!?」
ソードラットがすぐ戦う構えを見せたが、背後からがっしりと足を掴まれたモンゼンにはあがなう術がない。
「モンゼンさん、今度はさ。あんたが大人しくしててくれよ」
ブッチは言葉と共に、モンゼンの左足を握り締める。
モンゼンを遅い来る、強烈な締め付け。
パンッ。
乾いた音が響く。突然の加圧で、モンゼンの足の皮が爆ぜたのだ。
当然、握られた部位の骨は粉々に砕けていた。
「さてさて、じゃ先にソードラットにしようかなっと」
痛みに耐えて地に伏せるモンゼンを悠々とまたぎ、ブッチはソードラットへ向かう。
「あのさ、こんな事考えた事もなかったんだけど。お前、すげえうまそうだな」
ブッチの声は、さも嬉しげに響いた。




