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災禍

 ソードラットは、走っていた。

後ろからはモンゼン達の引き止める声が聞こえていたが、構ってはいられない。

更に身を低く、早く、全身に力を込めて駆ける。

明らかな異変。


 間違いなく何かが起きていた。

ソードラットの鼻には、確かに不穏な匂いが混じっている。

「おい、ソードラット! 待てって!」

待てる訳がない。間違いなく、何かがあったのだ。


 やがて森を越え、視界が開ける。

立ち上る、町を覆うような煙。ビヨンの町は今、燃えていた。



 状況もわからず走ってきたモンゼンが、追いついた。

「おい、道わかんねえのに……」

しかし言葉は最後まで続かない。

視界に広がる煙で、モンゼンもようやく異変に気付いたようだ。


「こりゃあ、火事か……?」

「わからねえです。でも火を日常的に使う町ですからねえ。何かあったのは間違いないでしょう」

ソードラットは振り返らず、答えた。

「ひ、ひ弱な僕を……はしらせ、るなんて……」

遅れて、スミスも森を抜けてくる。

突然の疾走に既に疲弊しきっている様子だ。


「わたしはこのまま町に向かいます。そこの坊ちゃんとあんたはどうします」

顔に切迫した様子を浮かべながら、ソードラットはモンゼンに訊ねる。

「ついてく。スミスはまあ、置いてっても大丈夫だ」

モンゼンの答えに頷くソードラット。


「悪いね、先にいっててくれたまえ。モンゼン君、杖は念の為置いていってくれるかな」

モンゼンは木の根に座り込んだスミスに錫杖を手渡し、ピピルを指差しながら言う。

「そうだ、ついでにこいつも頼む」

手で応じるスミスに背を向け、ソードラットは呟いた。

「……ちっ。ブッチはまだ帰ってきてねえんですか」



 ビヨンの町の様子は、さながら戦場跡のような様子だった。

血塗れた地面に、壁に張り付いた臓物。

肉の燃える匂いと、火の爆ぜる音だけが聞こえている。

焦げて、或いは体のどこかが千切れて横たわっているのは、ビヨンの住人だったもの達。

既に、町の中に「生」の気配は全くなかった。


 工房周りからの火が強い。

恐らく、火の様子を見るべき人間が不在になったことで起きた火事なのだろう。

血が熱で乾いてどす黒い地面を歩きながら、ソードラットが言った。

「何が起きたってんですかねえ。この当たりに戦しかけようとする馬鹿なんて、最近はいねえはずだ」

いつもの様子で話してはいるが、異変を見逃さぬようその目ははっきりと開いている。


「誰もいねえな。それに、倒れてる奴らのケガは武器で斬られたって感じじゃねえ」

「あんた、そういう所くらいは頭が回るんですねえ」

モンゼンが口にした言葉は、ソードラットも気にしていたのだろう。軽く返して、更に言う。

「さっきいくつかの家覗いたんですが、強盗の類じゃなさそうだ。家を荒らされた様子はねえです。しかしハンズ支部周りには、腕の立つハンズがそこそこいるはずなんですがねえ。あまり考えたくねえですが、これは略奪者かもしれねえ」


「何で厄介なんだ? 別にそこまで強いってモンじゃなかったぜ、あの跳ね足。お前のほうがずっと痛かったけどなあ」

モンゼンの疑問は当然だろう。

本来なら致命傷を受けていたソードラットの戦いとは違って、跳ね足の略奪者は決して脅威ではなかったのだ。

「ここで一番厄介って言われてるのは、人種としての知性やら知識をしっかり残してる略奪者なんです。私達は、そういう奴のことは『エリート』なんて呼びますがね。あんたが倒したのは、ただ食欲だけに捕らわれたタイプで、言っちゃ何だが下の下でしょう。厄介な略奪者は、自分の強さを高める為により進化を続ける。もちろん、強いです」


「お、ソードラットじゃねえか」

説明するソードラットの背後から、聞いた事のある声がした。

「ああブッチ、帰ってたんですか。あんたいながらこのザマは……」

ブッチへの非難は最後まで続かない。

ソードラットは言葉を失ったのだ。

視線の先にいるものを受け入れられないのだろう。

彼の振り返った先には、腕と口の周りを赤く染めたブッチがいた。


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