スミス・スミス 3
ホルムンド島では、支払いに用いられる通貨は金粒、金判、金貨の三種類である。
通貨が全て金で出来ているのは、金の持つ特性が高貴なものとして崇められる唯一のものだからだ。
即ち、金の持つ不変性。
希少金属として金のみが、変化著しいこの島でも変わらずその価値を高めていた。
スミスが提示した義手の代金は、ワールドライトでも稼ぎ出すのに半年はかかるだろう。
金貨というのは島内でも腕利きの細工師が彫りを作る、もっとも高い価値を持つ通貨なのだ。
ソードラットが依頼を順調にこなして、約六回分。
王都騎士団の一般騎士の年収が金貨二枚である事を考えれば、ソードラットの驚きは当然だった。
驚きを隠さないソードラットに、スミスが声をかける。
「ぼったくりみたいに言わないでくれるかな。こんな技術、島内で持ってるの僕だけだってわかってる?」
「いやあ一安心だぜ。スミスが出来るって言って出来なかった事、一度もねえからな」
モンゼンは金銭のやり取りに無頓着なのか、もしくは価値がわかっていないのだろう。
能天気に言葉をかけてきた。
「はいはい、どうせわたしが払うんですよねえ。でもどうします。金貨三十枚も、普段からぶら下げちゃいませんよ」
二人の視線の先で、諦めたようにソードラットが言う。
「ああ、腕の損傷具合を見なきゃいくら僕でも作れないよ。そのザムっていう人の所まで、案内してくれるかな。代金はその道々、という事でどうだろう」
「そりゃそうですねえ。どこかの支部に寄ったら代金の支払いさせてもらいましょう。ってことはあれですか。わたしはまた、あんたらの護衛でただ働きですか」
ソードラットはさも嫌そうに言う。
「ふふ、じゃあ護衛代ってことで安くしてあげようじゃないか。寛大な心に感謝したまえ。それに、そこのバカも散々迷惑かけたろうし、ね」
前髪をかきあげながらスミスは言うが、彼の指す『バカ』は話はおわった、とばかりにピピルとじゃれている真っ最中である。
「お互い、苦労しますねえ」
「キミも大変だったろうねえ」
ピピルの体に顔をこすり付けてデレデレしているモンゼンを、二人は恨めしそうに見つめるのだった。
話がまとまってからは、早いものだった。
スミスは手早く、壁にある棚から材料を集めていく。
既に腕の構図はある程度出来ているようだ。
「そのザムって人、種族はなんだい?」
「犬噛ですねえ」
返事を聞いて、スミスは手に取った鉱石を棚に戻した。
「じゃあ材料は大目にすることはないか。行くのはアンプだよね? 一週間ってとこかな」
「いえいえ、ドドガからチクに抜ける坑道を使ってきました。街道は土砂崩れで通れなくなってましてねえ、その坑道を使えば五日ってとこですか」
ソードラットはソファから振り返りながら、答える。
スミスは手を止めてソードラットを見た。
坑道のことはやはり知らないようである。
「抜け道かい? そりゃいい、帰るのも楽だ」
「一人で帰るつもりですか? 言っちゃ何だが、最近キナ臭い事件が多いです。帰りも護衛のハンズ雇ったほうがいいかもしれませんねえ」
「その心配はいらねえな」
ピピルを腹に乗せて居眠りをしていたモンゼンが、突然口を開いた。
「スミスもヴィジターだ。護衛なんていらねえさ」
「キミみたいな低脳と一緒にしないでくれたまえ。僕は技術者なんだよ、か弱いんだ」
スミスは荷造りを再開しながら、さも心外とばかりに言う。
「さて、出来た。こんなもんだろう」
スミスは立ち上がる。
「結構な量ですねえ。さすがに大荷物だと、ちょっと時間がかかるかもしれませんよ」
「ふん、このままモンゼン君に持たせてもいいが、早く仕事は済ませたいからね。こうするのさ」
手を鉱石にかざすスミス。
鈍い光を放っていた鉱石は、すぐさま高熱の炉に入れられたように溶け出し、まるで絡み合うように棒の形に姿を変えた。
「はい、錫杖の代わりに使いたまえ」
たった今作られたばかりの棒を、スミスはモンゼンに手渡す。
「結局おれが持つんじゃねえか」
「こんな重いもの持ったら、筋肉痛になってしまうに決まってるじゃないか」
じっと目の前で繰り広げられる不可解な現象を見ていたソードラットが、階段に足をかけて言う。
「……ほんと、ついていけねえ。驚くだけ時間の無駄ですねえ。さて、じゃあアンプに向かいましょう。ザムの野郎、わたしにここまでさせて何年ただ働きになるやら」
口ぶりとは裏腹に、ソードラットの横顔は嬉しさに満ちていた。




