別れ
聞ける話は多くはなかったが、状況の異常性を理解するには十分だったのだろう。
老人宅を出る頃には、ブッチの表情は引き締まっていた。
「ワームの駆除なんて楽勝だと思ったのに、こりゃ面倒そうだぜ」
ブッチが愚痴るが、その表情に普段の人懐っこさはない。
「一度協会に報告したほうがいいかも知れないですねえ。大蜘蛛はなかなか厄介でしたよ」
「あー……ああ言うのとはあんまりやりたくねえなあ」
「あんたあっさり捕まってましたもんねえ」
「言うなって、ああいうのは倒しにくいんだよ」
巨大蜘蛛とやりあった二人は、思い返すように言い合っている。
「兄さん、モンゼンさんつったか。強いのかい?」
ブッチが訊ねる。
ソードラットと旅をしている男が何者なのか、実はよくわかっていないらしい。
「ああ、はいはい。この人はわたしよりずっと強いです」
唖然とするブッチをあとに、二人は蜘蛛の思い出を語りながら進んでいくのだった。
モンゼンとソードラットは、村を背に歩き出していた。
ブッチは、しばらくドドガの村で情報を集めるらしい。
ハンズ協会が持つ情報がふさわしくない場合は、依頼の見直しをしてもらう必要があるようだ。
不穏な情報ばかり増えていく中で、依頼を最後まで遂行しようとするハンズは多くない。
彼もまた、地域の皆に頼りにされる優れたハンズなのだ。
「面白いやつだったな、あのブッチっての」
モンゼンが話しかける。
「いやいや、あんな飲んだくれ、会わない方が長生き出来ます。嫁さん出来たばっかりだから、稼ぐのに忙しいでしょうに。会うたびにたらふく飲ませるんですよあいつ」
ソードラットは友人に皮肉を言うが、内心では違うことを考えているのが丸わかりだった。
にやけるモンゼンに、バツが悪そうにソードラットは続ける。
「まあ、頭もキレるし腕は確かです。でかいラバー・ワームくらいなら何とか出来るでしょうよ」
「友達の心配してるように見えるぜ」
ほころんだ顔を隠そうともせず、モンゼンはしつこく食い下がる。
「うるさいですねえ。嫁さん残されたらかわいそうでしょう」
そこまで聞いて、ふとモンゼンは気付いた。
この目の前の素直にならない男は、やはり絆をとても大事にしている。
ザムの一家にしても、ブッチのことにしても、見ていればわかる。
しかし、大事にしていることを悟られまいと、皮肉とぞんざいな口の利き方で隠しているのだ。
本人ではなく残されるだろう家族や子供を心配するのは、彼なりに友人達との関連性を紛らわせる気遣いのように見えた。
「お前はやっぱいいやつだよ」
今度は心から微笑んで、隣を歩く男に声をかけた。
モンゼンは、ドドガの村を出るときの事を思い出す。
ソードラットに聞こえないように、ブッチがこっそりと言ったのだ。
「兄さん、あいつのことよろしくな。大事な友達なんだよ」
世話かけることの方が多いんだけどな、と思いながら、モンゼンは頷いて返した。
「だいぶ短縮出来ましたねえ。坑道様々です」
話題を変えるように、ソードラットが言った。
「どのくらいでつくんだ?」
「そうですねえ…村出て、街道沿いに一日ってとこですか。工房都市ギーファの入り口、ビヨンの町には明日にはつけますよ」
思わずため息をつくモンゼン。
休めるのはまだ先だと知り、げんなりしているのだろう。
しかし、目的の場所までは残り僅かのようだ。
未だに酒臭い寝息をかいているピピルを懐に押し込んで、モンゼンは歩き出した。