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少年オロ

 オロはまだ小さな子供である。

だがその小さな体は怒りと恨みで満たされていた。


 オロの父ザムは略奪者の討伐に向かったハンズの一人で、二度の討伐作戦での唯一の生き残りだ。

ザムは長くアンプに住む優秀なハンズで、北の針山付近で化けガエルが大量発生した事件での活躍がよく知られている。

槍の腕前と俊敏さで数十の化けガエルを圧倒し、またその嗅覚では何度も危機を察知し、仲間の命を助けた彼は、当然町でも名を知られたハンズの一人だった。


 オロは幼いながらに父の仕事を誇りに思い、父の強さを信じていた。

針山に向かう父を送り出した夜も父が、いつ帰ってくるか笑顔で母親に尋ね、母がそのとき見せた傷が痛むような顔の意味もわからなかった。

今ならわかる。母は今の父の姿をいつも想像しながら送り出していたのだ。


 今、略奪者の討伐に失敗し、大怪我を負ったザムは医療院から自宅に帰っている。

しかし、ザムの目は、もうオロを映せなくなっていた。

オロがよく抱き上げてもらったそのたくましい腕は、片方がなくなっていた。

オロが大好きだった、強くたくましいザムの姿は失われていたのだ。



 オロは父が帰ってきた今でも、玄関の前の階段で座り込んでいた。

この場所は彼が父の帰りを待つための場所で、ザムが家に帰ってきた姿を一番最初に見つけるのが、彼の家族で決められた彼の仕事だった。

今彼が怒りに満ちた目で探しているのは、元気にいつもどおりの姿で帰ってくる父の姿ではなく、彼の父を傷つけ、母を悲しませる仇の姿なのかもしれない。


 ふと、オロは顔を上げる。

こちらに向かってくるものの匂いがする。

嗅いだことのない皮の匂いと、体に染みた鉄の匂い。そして、少し汚水の匂い。思わずオロは顔をしかめた。


「ふんふん、親父と同じ顔してますねぇ。あんたザムのとこのガキですか?」

と目の前にいる男が声をかける。

あまりきれいでない格好。行儀の悪そうな態度。でも父の名前を知ってる、お見舞いの人かもしれないとオロは考える。


「お父さんのお友達?」

「いえいえ、あんな犬っころが友達なわけないでしょう。いつもくさいくさいってうるさいんですよあいつ。今日は文句が聞こえてこないんですがねえ。寝てるんですか?」

「お父さんは……」

オロは涙ぐむ。


「はいはい、泣くのはあとにしてください。これだからガキは……」

目の前の男は、面倒そうに頬をかく。


「オロ、お客様?」

玄関から母のマーリィが声をかける。


「おやおやマーリィ。久しぶりですねぇ」

と男が応じると、マーリィの表情は綻んだ。

「ナイゲルさん? 五年ぶりかしら、オロの誕生祝に来てくださったわよね」

「いえいえ、ありゃあザムの野郎に呼びつけられたんですよ。わたしが祝いだなんてとてもガラじゃねえ」


男は居心地が悪そうに、しかし気心のしれた様子である。

「お母さんのお友達?」

と、オロが訊ねる。


「はいはい、ザムの野郎とは友達なんかじゃねえですが、マーリィの古い友人ですよ。あのバカ、わたしが来てやったのに挨拶もなしですか」

「……お父さんはね」

「マーリィ、お邪魔しますよ。あいつわたしとの約束なにも守ってねえ」

男は、オロの言葉を聞き終わる前にずかずかとザムの家に上がりこんで、言った。



 ザムの家の一室。家主が休む部屋に、男はいた。

彼の前には、変わり果てた姿のザムが寝ている。


「いやいや。情けない姿ですねえザム。おまえマーリィを悲しませねえってわたしに言いましたよね。ガキが育ちきるまではこの町でしっかり稼ぐんじゃあなかったんですか。ワールドライトへの昇格蹴ってこのざまですか」

ベッドに横たわるザムに語りかける男は、ソードラット。


彼とザムは以前アンプの町で働いていたことがあった。腕の立つ二人はいがみ合いこそすれ信頼し合っており、共にワールドライトとして活躍を夢見ていたのである。


「そうそうあのガキ、お前にそっくりの顔してましたよ。わたしにこびりついた汚水の臭いがたまらねえってツラ。感情より嗅覚が優先されるところなんて、お前と同じですねえ」

ザムは答えない。


「だいたいお前、わたしを見て顔をしかめないなんて初めてじゃないですか。わざわざ来てやったんだから挨拶くらいしたらどうです」

ザムは答えない。


「いつまで寝てんですか、ザム。いやいやこりゃあマーリィを預ける話はなしですねえ。おい。起きろザム」

ザムは、答えない。


ソードラットは睨むようにザムを見下ろす。やがて、いつもの細い目に戻すと部屋を後にした。



「お茶、いかがですか」

部屋を出たソードラットにマーリィが声をかける。

「これはこれは、さすがマーリィ。客の相手もしないザムの野郎とは大違いですねえ」


お茶を差し出しながら、マーリィが言う。

「あの人、もう目は見えないそうです。左腕は……帰ってきたときにはもうありませんでした」

「それはそれは。もう槍を振り回されなくてすみますねえ」

椅子に腰掛けながら、天気の話でもするように返事をするソードラット。


マーリィは、尚告げる。

「もうハンズとしては働けないだろうって」

「ほうほう、ライバルが減りました」

ソードラットはお茶をすすりながら、相槌を打つ。


「意識が戻ったら、あの人にどう言ったらいいか…」

「えぇ」

「オロの顔、見れないんです。もう抱き上げることも出来ないんです」

「……」

返事とも言えない返事を続ける。中身のないカップをいじりながら。


「マーリィ」

ソードラットが声をかける。

「わたしがここにきたのは、依頼を受けてです。ザムの野郎をやったやつの討伐」

「ナイゲルさんが……」

マーリィは息を呑む。


「なにやら一筋縄じゃいかなそうですが、ちっと待っててください。ザムの野郎、わたしに敵討ちされたって聞いたらどんな顔するか今から楽しみですねえ」

ソードラットは、縫い合わされた彼の眼孔と利き腕を思い出し、目を鋭くした。


が、ここでマーリィから思わぬ質問をされる。

「ナイゲルさん。あなた以外に依頼を受けた方はいますか?」

何か思いつめた表情でマーリィが訊ねる。


「…いえいえ、わたしだけです。ワールドライトへの依頼はそんなに軽いもんじゃありません」

「そうですか…実はオロがおかしなことを言うんです。大きな男の人に、お父さんの敵討ちを頼んだ、って。その方はもう街道に向かった、って」


「ふむふむ。それはおかしいですねえ」

頭をかきながら、ソードラットは答える。

「そもそも今街道は閉鎖されているはずで、さっきハンズ支部に入った時にもそんな話は聞きませんでした。詳しい話、聞かせてもらえますか?」


 マーリィがオロを呼ぶ間、ソードラットは考えていた。

依頼がほかの誰かに回されるなんて話は酒場では聞かなかった。

依頼の取り下げを言い渡されたのは、十中八九は丸太食いがやられた騎士団による圧力だろう。

だが、第四師団が一略奪者に簡単に壊滅させられるだろうか。

そこには、謎の請負人が関与しているのではないか。


 やがてマーリィがオロを連れて戻ってきた。

「オロ、あなたが依頼した人のこと、お話してほしいんだって」

「イライじゃないよ、お母さん」

オロは幼い口調で返す。


「願いがあるならいのれ、って言ってた。真っ黒な服をきた、変なクツをはいたおじさんだったよ。かん、かんって音させて歩いてた」

「ふむふむ。ガキ、それでお前はなんて祈ったんです?」

「ころしてって。お父さんにひどいことしたやつなんてしんじゃえって」

マーリィが息をのむ。


「でもね、それはだめだって言われた。出来ないって。だから、ひどい目にあうようにいのれって言われたよ、えーと…テンバツ? テンバツだっていってた」

オロは思い出しながら話しているのだろう、目をクリクリと動かしながら話す。


「なんだそりゃ。いやいやマーリィ、これは依頼なんていえねえですよ。変なやつに絡まれただけなんじゃないんですか?」

「ちがうよ! ちゃんと祈ったんだ、手をあわせて目をとじて、テンバツを与えてくださいって。そしたら、これくれた。聞き届けた、っていって」

そういってオロはソードラットに右手を突きつける。


右手には、変わった色合いの小さな布袋が乗っていた。

 


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