坑道 4
唖然とする、ソードラット。
頼ろうとした男は、視線の先で身を捩りながら助けを求めていた。
襲い掛かる連撃をかわしながら、モンゼンをなじる。
「おいおい、あんた何してるんですか。あっさりやられちまいやがって」
「だから言ってんだろ、無敵って訳じゃねえんだよおれは」
捕らわれている窮地に関わらず、モンゼンはどこかのんびりと答える。
「糸なら切れるでしょう」
「武器なんて、もってねえ」
頭上を掠める大爪を交わしながら投げる言葉に返ってくるのは、やはり期待を裏切る答え。
「あああもう! しょうがねえです。ちょっとそこで待っててください」
振り下ろされる二本の爪を素早く飛びぬけ、ソードラットはモンゼンを目指す。
しかし、飛びぬけたソードラットの背後には、糸の射出口があった。
膨らむ、巨大蜘蛛の下腹部。
「後ろ、糸が来るぞ!」
糸に捕らわれたモンゼンが、危機を伝える。
穴から吐き出された糸が、あっという間にソードラットを包んだ。
噴出した勢いでモンゼンの隣にへばりつく、蜘蛛の糸で出来た新しい繭。
ロックスパイダーは、ヤドカリのように背中を石で守り、堅い外殻に守られた蜘蛛だ。
本来は人の親指ほどの大きさのこの蜘蛛は、群れを成して狭い暗所で暮らし、そこに住まう動物の捕食者となる。
しかし、それはあくまで「本来」の話。
このような巨躯のロックスパイダーは、ホルムンド島を飛び回るソードラットも見聞きしたことがなかった。
あのサイズのロックスパイダーなら、人種も平気で食らうに違いない。
「お、おいやべえぞ、逃げられねえ」
命を脅かされることはないにも関わらず、モンゼンは情けない声を出している。
しかし、巨大蜘蛛は、食事の邪魔をする不届き者が動かなくなったからか、巨体を揺すりながら二人から離れていった。
おぞましい共食いの続きに戻るようだ。
窮地に変わりないが、ひとまずの脅威が去った。
モンゼンはほっと息をつきながら、、隣人に声をかける。
「ふー。離れてったぜ。すぐ食われるって訳じゃねえみてえだ」
「メインディッシュにでもするつもりなんでしょう」
隣の繭からは、皮肉じみた声でそう返ってきた。
「そもそも、糸ならわたしが何とか出来ますからねえ」
そして突き出てくる、無数の剣。
繭を破ったソードラットは、再び身を丸め、モンゼンを捕らえていた糸も切り裂いていく。
「わりいな、油断したぜ」
腕にへばりついた糸を払いながら、モンゼンは再び構える。
「もう助けませんからねえ。あんたが永遠にあいつの非常食やるってんなら、一人でどうぞ」
鋭いとげを震わせて粘りつく糸を払いながら、ソードラットも臨戦態勢をとった。
「背中の岩、砕けますか」
ひたすら小蜘蛛をむさぼる巨体を見ながら、ソードラットが訊ねた。
「ピピル助けたときもやれたし、大丈夫だろ。ただ。あいつに足伸ばされると手が届かねえ。それと糸が厄介だな」
「じゃあそっちはなんとかしましょう。面倒なんで、くれぐれももう捕まらねえでくださいよ」
言うや否や、ソードラットは巨大蜘蛛に向かっていく。
大口を動かし、巨大蜘蛛は次々と小さな自分の仲間を平らげていく。
しかし、その動きがふと止まる。自分への害意を感じ取ったのだ。
食事を中断し、捕らえたはずの不届き者へ向き直る巨大蜘蛛。
その無数の目には、自分の目よりはるかに多くの剣が映し出されていた。
ソードラットに目を貫かれた巨大蜘蛛は、敵を跳ね除けようと暴れだす。
ひたすらに目の前で大爪を振り回すが、ソードラットは既に十分に距離を取っていた。
交代するように巨大蜘蛛の背後に駆け込む、モンゼン。
しかし、痛みと興奮で巨大蜘蛛は体を起こしている。
狙う大岩ははるかに頭上だ。
「わりいが、しゃがんでくれるか」
モンゼンは自分の両腕でも抱えきれなそうな蜘蛛の後ろ脚に、拳を打ちつけた。
まるで薄く張った氷のように、脚の外殻が砕ける。
ソードラットの剣撃も通さない外殻と言えど、モンゼンの拳の前では薄紙ほどの強度もないのだ。
拳を打ちつけた位置を中心に、蜘蛛の後ろ脚が内側へひしゃげていく。
砕けた外殻では、自重を支えきれないのだろう。
背中の巨岩が、徐々に降りてくる。
地響きを立てて、巨大蜘蛛は、モンゼンの目の前で崩れおちた。
「わりいな、砕くぜ」
目の前を塞ぐ巨岩を、モンゼンは再び拳で撃つ。
ピシリ。
撃たれた場所から、蜘蛛の急所を守る装甲が砕け散った。
「やれやれ、あんた本当に無茶苦茶ですねえ」
目的の達成を確認したソードラットが、身を丸めて跳ぶ。
痛みに暴れる蜘蛛の爪を避け、壁を蹴り、坑道の天井を蹴る。
宙を回転しながら巨大蜘蛛へ迫る、刃を敷き詰めた球。
巨岩に隠されていた心臓は、無数の刃で切り裂かれた。