坑道
二人は、村の奥の崖を目指し歩いていた。
山を切り崩したような絶壁の周辺には木々が青々と茂り、その岩肌を覆い隠している。
老人の話では坑道は崖の足元、茂みの奥にあるらしい。
「いやあ、今まで損してた気分ですよ。こんなところに抜け道があるなんてねえ。あの爺の狸ぶりには頭が下がります。銭を取れる様子がねえと口も開きやがらねえ」
ソードラットがだいぶ軽くなった懐を撫でながら、愚痴る。
「いやあまいったぜ、ロベルにもらったもんじゃ足りねえんだからな」
続くようにぼやくモンゼン。
宿の老人の請求は彼の手持ちではとても足りず、ソードラットがマルディから巻き上げた「手付金」の半分近くまで支払う羽目になったのだ。
「あんた、返すあてはあるんでしょうねえ」
ソードラットは鋭い目でモンゼンを見るが
「あー……ねえな」
モンゼンの答えに思わずあっけにとられた。
「あんた、あんな常識外れの力持ってるんでしょう。仕事なんていくらでもあると思いますがねえ。働いてくれませんか。稼げコラ」
目の前の、勤労意欲のかけらも感じない男に、ソードラットは思わず言葉が鋭くなる。
「わりいとは思うんだけどな。願いを叶えるのに報酬求めちゃいけねえんだよ、おれ」
答えるモンゼンは、申し訳なさそうに身を小さくしている。
「おいおい、また訳のわかんねえ話始める気ですか。もう沢山なんですよ、あんたには十分呆れてるんでねえ。ただ働きしに来たんですかあんた」
「まあ……そういうことだな。そういう決まりだ」
「……はぁ。もういいです。ザムの野郎、腕治ったら覚えてろよ」
不穏で理不尽な独り言をつぶやきながら、追求を諦めたソードラットは坑道の入り口を目指す。
「ここじゃねえか。曲がった老木の傍の岩、って言ってたな」
モンゼンの言葉に、崖に顔を寄せていたソードラットが頷いて言う。
「みたいですねえ、ここに岩のずれた跡があります。しかしこの岩、わたしたちで動かすのは骨が折れますねえ」
「どいてろ」
言葉と同時に、構えていた拳を岩に叩きつけるモンゼン。
入り口を塞いでいた岩は、粉のように細かく砕けていく。
身を捩って避けたソードラットの脇で。
「いいですか。次、わたしにその拳を向けたら、あんたの食事と宿の面倒はみねえですから」
坑道に入っていくモンゼンの後へ続きながら、ソードラットは言った。
聞いていた通り、明かりのない道だった。
たいまつの明かりを頼りに、坑道の一本道を歩く二人。
以前は街道の変わりに使われていたからだろうか、かなりゆとりのある作りのようだ。
小さな馬車なら二台は並んで歩くことが出来るだろう。
最近、人が通ったばかりだと言うのに、やけに蜘蛛の巣が多い。
二人はたいまつで巣を払いながら進んでいるのだが、払いきれない巣にピピルがたびたび羽を取られている。
モンゼンはピピルを巣から外しながら、後ろを歩くソードラットに訊ねる。
「爺さんの話じゃ、最近使ったって言ってたよな。すぐに巣だらけになるもんなのか?」
「いやいや、さすがに多いですねえ。この粘りに、円を束ねたようなしつこい巣。こりゃロックスパイダーのだ。しかしロックスパイダーのものにしちゃ、ちと糸が太い気もしますねえ」
モンゼンが払っても、尚降りかかる巣が、ソードラットの顔にもまとわり付いている。
「そういや、そのファー・バッドも洞窟なんかによくいるはずですがねえ。こいつもこの辺で、群れごと食われちまったんでしょうか」
ソードラットが、再び蜘蛛の巣に絡まっている毛玉を見ながら言う。
「こいつは、西の街道で助けたんだ。でかい岩くっつけた蜘蛛に襲われててな、追い払ってやった」
モンゼンの答えを聞いて、ソードラットは顔をしかめる。
「西?じゃあこの辺にいた訳じゃなさそうですねえ。しかし岩くっつけたってのは言いすぎでしょう。まさかそのファー・バッドくらいの大きさだったなんて言わねえでしょうねえ」
モンゼンはソードラットを振り返り、言う。
「いやあ、お前くらいでかかったぞ」
「おいおい」
背後から聞こえていた足音が止まり、振り返るモンゼン。
ソードラットは続ける。
「あんたが見たのは多分、ロックスパイダーだ。ですがねえ、ロックスパイダーはでかくてもこのくらいですよ」
足を止めたソードラットは、親指と人差し指を繋げて大きさを示す。
と、その時。
二人の足音が途絶えたはずの坑道に、僅かな音が響く。
「……なんか、聞こえねえか?」
モンゼンが言った。




