閉ざされた道
チクの宿の食堂には、二人と一匹の姿があった。
晴れやかな天気とは裏腹に、向かい合う二人の表情は暗い。
顔に体をこすり付けて甘える毛玉をあやしながら、黒髪の男、モンゼンが言う。
「おい、こういうときはどうすんだ」
質問を受けたのは、少々歪な毛並みをした、ソードラット。
細い目を更に細めながら答える。
「いやいや、困ったなんてもんじゃないですねえ」
そして、タイミングを見計らったように二人から同時にため息が漏れる。
目の前に置かれた豆のサラダと鳥の燻製をそれぞれに口に運びながら、語る二人。
「確かにひでえ雨だったけどよ。あっさり通れなくなるもんなのかよ」
「この山で土砂崩れなんてのは珍しいですねえ。人通りが少ないとは言え、死息の穴群を避けるにはガリ街道を通るしかねえんです。当然、土砂崩れなんてのはそう起きねえように整備されてるんですがねえ」
「でも困ったぞ、土砂退けるのに二週間かかるってんだろ」
いくら口に放り込んでもボウルから減らない豆に、閉口した様子でモンゼンは言う。
「そもそも、わたしもあんたに着いてはきちまいましたが仕事が入るかも知れねえ。さすがに待てねえですねえ」
目の前の男とは対照的に、うまそうにと目の前の鶏肉を口に運ぶソードラット。
モンゼンはその様子をうらやましそうに見ながら、宿の主に声をかける。
「爺さん、パンもっとねえかな。豆だけじゃもたねえ」
「わたしにもお願いできますかねえ。うまいですよ、この燻製」
ソードラットも続けて、老人へパンの入っていた籠を差し出した。
「お二人とも、東へ行くんですな?」
パンのおかわりを運びながら、老人が二人へ訊ねる。
「はいはい、行こうとしてたんですがねえ。さすがに土砂の片付け終わるまでは待てねえです。あんたの宿は高いですからねえ、一度王都に戻ろうかと思ってんですよ」
「なあ爺さん、出来れば早く用事済ませてえんだよ。土砂片付けるの手伝うから、急げねえかな」
諦めきれないのか、ソードラットの言葉を無視してモンゼンが言う。
「ありゃあ王都と村から人出し合ってやるもんですからねえ。お客さん一人いたって、そう変わらんですなあ」
つるりとした顔を向け、老人は続ける。
「ですが、東に行く方法はありますわい」
老人の言葉を聞いて、二人は食事の手を止める。
「通る道が街道以外にあるって言うんですか?わたしはそんなの知りませんがねえ」
「ソードラットさんは若いですからな。昔、まだ穴群で人がごろごろ死んどった頃に使ってた道があるんですわ。今じゃ危ないからって使用禁止されてるんですが、ワールドライトなら大丈夫でしょう」
ソードラットの問いに、老人はほっほと笑いながら答える。
「昔使ってた……ああ、うちの親方から聞いたことがあります。確か山の中に掘ったっていう、坑道でしたかねえ」
老人はまた、笑いながら頷く。
「ありがとうな爺さん。じゃあ行ってみようぜ」
早く行こうとばかりに、立ち上がるモンゼン。
しかしソードラットはそれを手で制して、老人に質問する。
「おいおい、行動が早いのはいいですが、危ねえって言われてるところに下調べもしねえで行くことはねえでしょう。閉鎖されたのは理由があるはずです。爺さん、その道はなんで使われなくなったんですか。毒が沸く、って訳じゃねえんでしょう?」
「毒はありません、穴群は山の中には沸かんです。えー……なんだったかのう。落盤事故はたまに起きてましたな、わしがまだあんたくらいの頃ですが。だがありゃあの後また掘ったはずだ。そうそう、この前若いのが嫁さんが産気づいたってんでこっそり使ったらしいですわ」
答えを聞いて、ソードラットは頷く。
「ほめられた行為じゃねえですが、通れねえって訳じゃなさそうですねえ。そもそも、落盤ならあんた何とか出来るんじゃねえですか?」
「あー……まあ大丈夫だろ。行こうぜ」
とぼけた答えをするモンゼンを、ソードラットは睨む。
「あんた、何も考えてねえでしょう。まあいい。行きましょう」
急げとばかりに席を立つ二人。
二人の背に、老人が生き生きとした様子で声をかける。
「出立されるなら、御代を頂けますかな? 情報料と宿代、どちらが支払ってくれるんでしょう?」