チクの宿
日が暮れる頃、チクの村を訪れる二人の男の姿があった。
「やっとついたな」
「ええ、ええ。やっとつきましたねえ」
モンゼンとソードラットである。
傾斜に立つ村を眺める二人の姿は、一目見てわかるほど疲弊しきっている。
「はいはい、無事着きましたし、ひとまず宿を取りましょう」
夕餉の煙が立ち上る中、歩きながら言うソードラットに、モンゼンが訊ねる。
「小さい村なのに泊まれる所なんてあんのか?」
予想していたよりも小さな村なのだろう。きょろきょろとあたりを見回し、不安そうだ。
ソードラットは、村の先に見える山を顎で指しながら言う。
「ガリ街道は、あの山と周囲の穴群から沸く毒を避けるように作られてます。どうしても距離が長くなっちまいますからねえ。途中にある集落は、需要があるんですよ。まあ、当然値段は高めですがねえ。で、ここの宿は……ああ、あれですねえ」
最後に指差した先には、周りの家より少し大きい、二階建ての建物があった。
建物の前、ベッドの看板の下でソードラットはモンゼンに問う。
「そもそも、そう言えばあんた、金は持ってるんでしょうね」
頷くモンゼン。
「あるぜ、ロベルからもらった。あー……でも、使い方がわからねえな」
ソードラットは、もうたくさんだと言わんばかりに告げる。
「……はぁ。宿に入って、その毛玉の手当てが終わったら、あんたには聞きてえ事が山ほどあります」
それ以上何も言わず宿に入るソードラットに、慌ててモンゼンも続く。
中には宿の主と思われる老人がいた。
「誰かと思えばソードラット様ですな、宿泊で?」
顔見知りなのか、ソードラットに声をかける老人。
「ええ、二人泊まれますかねえ。ああ、食事もお願いします」
ソードラットも勝手を知った様子で、老人に返している。
「あ、おれのメシは肉抜きで頼めるか?野菜だけがいい」
見慣れた客人の後ろから注文する、見慣れぬ男を見て老人は言う。
「ソードラット様が誰かを連れているとは珍しい。それにその図体で菜食ですか、わかりました」
何が面白いのか、微笑みながら支度に向かう老人の背に、ソードラットが声をかけた。
「そうそう、それと見ての通りケガしてるんです、清潔な布も分けて貰えませんかねえ」
老人は、目のない顔をつるりと撫で、言った。
「こりゃあ気付かないで失礼しました、用意しますのでしばらくお待ちを」
「さて。あんた、何者なんです?さっき言ってたロベルってのは『戦士』のことですね?」
食事を終え、怪我の手当てを手早く済ませたソードラットは、早速問う。
眠っているピピルをベッドの枕に乗せたモンゼンは、そのままベッドに腰掛けて椅子に座るソードラットに向き合う。
黒髪の間から覗く、真剣な目。
「まずは謝る。まさか旅することになるなんて思わなかったからよ、説明を雑にやりすぎた」
座りながらも、しっかりとソードラットに頭を下げ、モンゼンは続ける。
「まずロベルとは、古くからの知り合いだ。お前が言うように、戦士ロベルで間違いない。それからな」
頭をあげ、再度ソードラットを見る。
「田舎から来たってのは、嘘だ。おれは、島の外から来た」