東へ
ガリ街道は、王都とギーファの間を繋ぐ道程が「ほぼ坂道」の街道である。
馬車か人力での交易が主なホルムンド島において、傾斜の強い街道は、大きなデメリットを持つ。
交易に利用するものの少ないこの街道は、カフル街道に比べると平時から利用者は少ない。
二人は朝の戦いの疲れを残したまま、このガリ街道の名物である、延々と続く坂道を登っていた。
「なあ、この坂いつまで続くんだよ。ずっと上ってるぞ、さっきから」
縫い直したばかりの衣は黒く濡れ、髪からも汗をたらす男、モンゼンが言う。
「いやいや、あんたほんとに常識知らずもいいとこですねえ。ガリ街道っていったら、ずっと坂に決まってるでしょう。上り終わったら、次は下りです」
所々が痛々しく折れた背の毛に、長さのまばらな長髪。
どちらからもやはり汗をたらし、ソードラットは答える。
数刻に渡り、ひたすらに続く傾斜を歩む二人。
食事の為に一度休んではいたが、満腹での登山は体力をいたずらに奪うだけだ。
街道の脇になる木々から、栄養のある木の実をいくつか食べるのみに留めた二人は、空腹と疲労でボロボロだった。
「あんた」
ソードラットがモンゼンに声をかける。
「そんな履物じゃ疲れる一方に決まってるでしょう。別のはねえんですか」
と、共に歩く男の足元を指差す。
「あー、こりゃ一本下駄つってな。なれりゃ楽なもんだ。坂には疲れたがな」
荒い息をつきながら返すモンゼン。
鍛えられた体でも、4時間も坂道を昇り続けていれば当然だろう。
既に太陽は真上を過ぎ、日暮れを迎えようとしていた。
杖をつく様子すら重そうなモンゼンは一呼吸置いて続ける。
「しかしつらいぜこりゃ。まるで登山じゃねえか」
「ああ?……これはこれは。本当に無知です。もの知らずです。その辺の子供以下です。あんた、どんな所で育ったらそんなに無知なんです?」
呆れる様子のソードラット。
そして、隣を歩く無知の塊に視線をやって、言った。
「まるで、じゃねえ。山登ってるんですよ、今」
「やれやれ、こんな説明をする日が来るとは思わなかったですねえ。いいですか、王都とギーファの間には、死の難所があるんです」
諦めたように、ソードラットが語り出す。
「死の難所の名前は、死息の穴群。まあ毒が沸くんです、このあたりは。で、それを避けて作ったらこんな街道になったって訳ですねえ。穴があるのは、山頂と、森の中。昔は随分死んだらしいですが、街道が出来てからは道から外れでもしねえ限り大丈夫です。わかったら、さっさと登りきっちまいましょう」
「あー……なるほど。で、みんなこんな不便な道使うのか。登りきったら何かあるのか?」
モンゼンの質問に、勘弁してくれとばかりに首を振りながらソードラットは答える。
「はあ……地理の勉強、してくれませんかねえ。疲れてるんですよ、わたしは。この先には、チクっていう小さな村がありますねえ。今日はそこで休みましょう」
村と聞いて、笑顔を見せるモンゼン。
「そりゃあ助かるぜ。ピピルとお前、手当てしねえとな」
「……わたしをやったのはあんたですが、その毛玉の手当てには賛成です。そいつには悪いことしましたねえ」
相変わらずソードラットを避けるピピルを見ながら、すまなそうに言うソードラット。
「で、どれくらいかかるんだ、その村まで」
モンゼンは気にした様子もない。
ソードラットもこれ以上気にしてもしょうがないと思ったのか、坂の先を見つめながら答える。
「日が暮れる頃にはつくでしょう」
モンゼンはため息をついて、言う。
「そうか……まだしばらくは上り坂だな。そういやよ」
ソードラットが顔を向けて続きを促す。
「シノナンショ? ってなんだ?」
魂を吐き出すような、大きなため息が聞こえた。