ピノとノーマン
王都は昼食時を迎えていた。
雨の中で訓練を行っていた騎士達も、今はそれぞれ体を休めている。
騎士団で賑わう食堂の入り口から奥ほどの席で、訓練後の騎士に紛れてピノは食事を摂っていた。
今日の昼食は、豆のスープとパンのようだ。
ピノは噛み応えがないこのメニューがあまり好きではないのか、不満そうに黙々と匙を動かす。
「ピノ、隣に座ってもいいかな」
突然声をかけられ、姿勢を正すピノ。
騎士団に似合わぬ優しげな声と、話し方。
そして右手に見える少し透けた体は、彼の所属する師団の長、ノーマンのものだった。
食事を中断し、直立の姿勢を取るピノにノーマンは変わらず優しげに声をかける。
「座ったままでいいよ、食事中にごめんね。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
手で椅子を示され、背筋を伸ばしたまま席に着くピノを見届け、ノーマンは話し出す。
「ソードラットが、例の略奪者に会いにきたそうだね」
「はい! ヤイズ師団長に案内を頼まれ、昨日独房へ案内しました!」
ソードラットといたときと違い、緊張した態度ではきはきと答えるピノ。
「うん、ご苦労様。噂通り、無茶をするワールドライトだったようでヤイズさんも苦笑いしていたよ」
にこやかに優しい笑顔でねぎらうノーマン。
「それでね、聞きたいのは朝の報告の件なんだ」
向こう側が透き通って見えるその笑顔は、いつも通り目が少しも笑っていなかった。
「それでは報告します。今朝、当番だった自分が略奪者の独房に様子を見に行った所、発達していた足が見るからに細っていました。今では一般的な跳ね足より少し太い、くらいのものでしょう。また、その際に、自分の持っていたパンのかけらを欲しがりました。試しに与えてみた所、腹を空かせていたのかすぐ全て平らげました」
背筋を震わせながら報告するピノに、頷きながら報告を聞いていたノーマンが質問する。
「ピノ。これまで何体ほど略奪者を見てきたかな?」
「生きているのは、五体ほどでしょうか」
「じゃあ、今回のように人種以外を食べる略奪者はいたかい?」
「初めてです」
「うん、発達部位が衰えていくものは?」
「いませんでした」
質問に間をおくことなく、答えるピノ。更に続ける。
「こんなのは見たことも聞いたこともありません。略奪者は捕らえても、食事も摂らずにやがて死んでいきます。だから、食事を与えようとしたこともありません。更に言うならば、あいつらは死んでも、異常発達した体はそのままだったはずです」
これにも満足そうに頷き、ノーマンは尋ねる。
「そうだね。被害が出ないよう独房には入れるが、それは死ぬまでの間だ。確か、試しに他の囚人と同じ食事を与えているんだったね?」
「はい。例の略奪者は既にそれを食べきり、腹を空かして泣いています。私見を申し上げてもよろしいでしょうか?」
ピノの発言に、ノーマンは頷く。
「あれは、もうただの人のようです」
ノーマンを見つめながら、ピノは言う。
「僕も同感だ。あれはもう略奪者じゃない、としか言いようがない」
水膜で覆われたような姿を僅かに震わせながら、ノーマンは立ち上がった。
どうやら確認は終わりのようで、ピノはそっと安堵の息をもらす。
「そうだ、ピノ」
「はい!」
自然と伸びる背筋。上司はそっと振り返って、言った。
「また、牢獄でつまみ食いしていたんだね。あとでおしおきだ」
食堂の床には、絶望のあまり地に伏したピノの姿があった。




