解明
ソードラットは目を醒ましたことに驚いていた。
確かに、自分の体を男の拳が貫いたはずだ。
手当てをされたのだろうか。
いや、そんなもので済む程度の怪我ではないはずだ。
自身の内臓に拳が入り込んでくる不快さを、ソードラットは覚えている。
どうやら街道の脇に寝かされているようだ。舗装された街道の向こうに、木々が見える。
雨は弱まり始めているようだ。
ふと、体を起こしながら自分の身を見返す。
折れたトゲが視界に入り忌々しさを感じるが、濡れた体から血は流れていなかった。
体も所々痛みはするが、動かせないほどではない。
痛みが弱すぎる。
あの時自分に迫った『死』と、この程度の痛みでは釣り合いが取れなかった。
「おー、目が覚めたかよ」
ふと、ソードラットに聞き覚えのある声がかかる。
頭に血が上るのを感じる。
さっきの化け物め、まだいやがった。
声のした方に顔だけ向けたソードラットは、言葉を失った。
先ほどまで戦っていた男は、上半身を露にして縫い物をしていたのだった。
モンゼンと名乗った男は、先ほどまで着ていた自分の衣の穴をせっせと塞いでいる様だった。
男の肩には、手当てされた小さな毛玉がじゃれ付くように甘えている。
「悪かったな、やりすぎちまった」
モンゼンは視線が向いたのを感じたのか、手を止めずに言う。
「いやいや、参りました。手も足もでねえ。あんたが略奪者、やったんですね」
「ああ」
ちくちくと手を動かしながら、男は答える。
「聞いていいですか」
「なんだ」
「オロのとこの家族に、なんかしようって訳じゃねえんですね」
少し驚いたように、動かした手をモンゼンは止めた。
「おれは頼まれたからやっただけだって。見てられなかったんだよ、泣いてるあの坊主」
「でしょうね、その毛玉が怪我して怒るあんたが、あのガキ泣かすつもりで関わるわけがないですからねえ」
「お前まさか、あのザムってのの一家に手出しされると思っておれを追ってきたのか」
モンゼンがこちらへ向き直る。
ソードラットは体を起こしながら、答える。
「おいおい、当たり前でしょう。見たことねえ格好のやつが、金も取らずに略奪者倒すなんて話、普通ありえねえんです。何か企みでもあるのかと思っちまいましてねえ」
座りなおしてモンゼンに向き合う形にしながら、ソードラットは続けた。
「いてて……あのザムってのは、昔からの友達でねえ。マーリィ取り合った仲なんですが、結局ザムが選ばれちまった。いやいや、いつのまにかガキこさえたときはちくしょう、って思いましたがねえ。
育つの見てると、かわいくてしょうがねえんです。おい毛玉、怪我させて悪かったですねえ」
まずモンゼンを、そしてピピルを見ながら詫びる。
ふ、と目の前の男が笑って、肩で怯えるように縮こまるピピルをなだめながら言った。
「あんた、いい奴なんだな」
「ふん。そいつ怪我させたのは狙ってじゃねえんでね。金ももらえねえ殺しなんざ、本当はしたくねえんです」
思わず、吐き捨てるように返事をする。
「そうそう、それであんた、何してるんですかねえ」
話を変えるように、モンゼンに尋ねる。
「あー……おまえが開けたんだろ、穴」
また裁縫に戻るモンゼン。
自分の攻撃は、やはり通じていたようだ、だが、裸の体には傷跡一つない。
「いやいや、どこにも穴なんて見えませんけどねえ」
不思議に思うソードラット。
手応えはあったのだ。ピンピンしていられる訳がない。
「言ったろ、そういうのきかねえんだおれは。まあ服は別だけどなあ」
「じゃ、じゃあわたしを殴ったあれは何です。正直なところ、剣も通さねえわたしの体毛が拳で砕かれるなんて未だに信じられないんですがねえ」
モンゼンは手を止めずに、面倒そうに答える。
「だから、説明面倒なんだよ。そういうもんなんだって」
構わずソードラットは自身の疑問をぶつける。
「そもそもわたしは拳に貫かれた記憶があるんですが、何で今も生きてるんです?」
モンゼンはやっと裁縫の手を止め、ソードラットに顔を近づけて言った。
「だああうるせえな。わかった、説明するがな。信じろよ」
モンゼンの剣幕に押され、ソードラットは頷くしかなかった。