遭遇
前日の快晴が嘘のような、重く沈んだ空が朝から広がっている。
にも関わらず、ソードラットは食事に向かっていた。
王都の東には、平屋の飯屋が並ぶ通りがある。
この平屋通りは名物として知られていて、中でも朝から昼までしかありつけない鳥モモの甘露煮は、ソードラットの好物の一つだった。
次の角を曲がれば平屋通りが見えてくる。
平屋通りから漂ってくる匂いが、彼の空腹を刺激していた。
「やれやれ、混んでますかねえ」
甘辛いたれで煮付けた鳥モモは、通りでも有名だ。朝早くに来ても店の前に列をなしていることは多い。
空腹で足が早まる。
この時間なら食い損ねることはないはずだが、出来れば早く腹に何かを入れたいのだ。
しかし、目当ての店にたどり着く前に、ソードラットの耳には奇妙な音が飛び込んできた。
カッカッシャン。カッカッシャン。
乾いた木を打ち付けるような音に、金属が触れ合う音。
彼はその音に覚えがあった。直接聞いたわけではない、しかし最近耳に入れたことのある音の連なり。
周囲を見回して、音の主を探す。
そうだ、確かザムのとこのガキが言ってた音にそっくりじゃねえか。
視界の端にゆれる黒い衣。
見つけた。
ソードラットは、しばらく様子を伺うことにした。
黒衣の男に謎が多すぎる以上、いきなり話しかけるのは得策ではない。
食いたくもない麺をすすりながら、彼は男をそれとなく観察する。
そばでジロジロ見るわけにもいかなかったのだ。
好物を食い損ねたことに少しいらだつ。
麺屋の親父が有名人に話しかけたそうにしているのがチラチラ視界に入るが、それも不機嫌さを増徴させる一因になっている。
「ソ、ソードラットさんに召し上がって頂けて光栄です。何か、お嫌いなものでも入っていなかったでしょうか?」
来店した有名人の不機嫌さが気になって仕方がないのか、意を決したように麺屋の親父が話しかけてきたが、
「……いえいえ、味が薄いし麺もちょっと伸びてますが別にいいです。それよりちょっと静かにしててもらえますかねえ」
ソードラットは冷たく返すのみで、視線は黒衣の男から外さない。
男は通りの雰囲気を楽しんでいるのか、きょろきょろと落ち着きがない。
王都を珍しがる田舎者のように見えなくもないが、ソードラットは+あることに気付いていた。
「これはこれは、ただもんじゃないですねえ」
ぼそりとつぶやく。
先ほどけなされたのも忘れ、自身の料理がほめられたと喜ぶ親父に、ソードラットは睨みを利かせながら思う。
あいつ、あの不安定そうな履物で軸がちっともぶれやしねえ。と。
黒衣の男が十分離れたことを確認して、ソードラットは飯屋を出た。
通りのあちこちから、彼へ声がかかる。
王都でも彼の名は知られているのだ。
煩わしく感じるソードラットだが、幸い通りの賑やかさに紛れて男には気付かれていない。
念の為に更に距離を取るが、男の長身が幸いして見失わずに済みそうだ。
やがて、男は通りを抜けた。音を鳴らしながら歩く男の歩く先には、東門がある。
東にいきやがるのか、あいつ。それなら先回りでもしてやろうじゃねえか。
ソードラットは行き先にあたりを付けると、道ともいえない道を鼠のようにかけていく。
王都には雨が降り始めていた。
徐々に強まる雨が、ソードラットの体毛を濡らす。
湿気は好きではない。体毛が重くなり、鋭さがなくなる気がする。
「やれやれ、気に入らねえが雨のおかげで人は少ねえ。おあつらえ向きかも知れませんねえ」
雨の音に、呟きが混じった。
一足先に東門につけたようだ。
門番に軽く挨拶をしながら、門を抜けるソードラット。
あとはあの男を待つだけだ。