宿の夜
いつぶりだろう、こんなに落ち着いて眠れるのは。
暖かく清潔な寝床に沈み、眠気に誘われながら思う。
『それ』は、数日前から突然、自身の共に暮らす群れから襲われるようになった。
突然豹変した仲間達。
自身の親や兄弟も例外ではなく、小さな体につきたてられる牙。
逃げては追われ、追われては逃げ、満足に食事を取ることも出来ずに羽ばたき続け、衰弱しきっていた。
ぼくはもう、みんなと一緒にはいれないんだな。
またぼんやり思いながら、昨日を思い出す。
空腹と疲れで弱りきっていた『それ』は、食べ物の匂いと明かりに誘われてふらふらとヒトのそばに飛んでいってしまった。
覚えているのは、突然飛び出してきたウッドイーターと、それから始まったヒトの蹂躙。
そして、ヒトの攻撃に巻き込まれて自身に倒れ掛かってくる木だった。
次に『それ』が気がついたとき目の前にいたのは、無機質なたくさんの目で見つめるロックスパイダー。
もうだめかな、と思った。生を諦めた『それ』の耳に、ピシリ。という何かの割れる音が聞こえてくる。
次いで、何かの崩れる音。
目を開いた視界には、背中を粉々に砕かれたロックスパイダーと、大きな体のヒトがいた。
このヒト、ぼくを助けてくれたんだ。
傍らでいびきをかきながら眠る男を見ながら思う。
ヒトは言った。
「まだ生きたいんだろ。そんな顔してるぜ」
『それ』にはヒトの発した声の意味はわからなかったが、生きていていいんだと言われた気がした。
群れで暮らすファー・バットは、群れを追われれば野生ではまず生きていけない。
そんな自分に手を差し伸べてくれた。
この男が、ぼくにとって新しい群れなんだ。
ピピルと呼ばれた毛玉は、喜びと安らぎが体を満たすのを感じていた。
それにしても、あのヒトはなんだったんだろう。ピピルは思う。
群れを追われたのは、あるヒトに捕まってからだった。
ピピルを捕えた男は、顔中に布を巻きつけ、今にも死にそうにか細く、そしてその体からは死臭がした。
思い出すのも嫌になる不気味さに、ピピルは身を震わせてモンゼンの脇にもぐりこむ。
その時ヒトが発した言葉を、ピピルは思い出す。
「これから、お前の嫌がることをしてやる」
男の言葉は、やはり意味はわからない。
だが、モンゼンのかけてくれた言葉とは対照的に、ピピルに生の終わりを告げていたようだった。
モンゼンの体温と鼓動に安心したのだろう。
やがてピピルは意識を手放し、眠りにおちていく。