和解 2
「思いっきり殴りやがって……なんで一日に二度も拳骨されねえといけねえんだ」
頭を抑えながら、モンゼンはぶつぶつとつぶやいている。
「ところで、その毛玉はなんだ」
鬱憤が晴れたのか、対照的にすっきりした顔で、モンゼンに尋ねるワルダー。
「ロベルにはファー・バットてのじゃないかって言われたぞ」
頭を撫でながら、モンゼンは答える。
「なんだと?あいつらは真っ黒のたわしみたいな毛並みのはずだろう」
「知らねえよ、ロベルに言ってくれ」
ワルダーがロベルを見る。
ロベルは、腕組みをしながら視線を少し上げて無言の問いに答える。
「見たところ羽の作りや、頭部にある丸い口はファー・バットのものによく似ています」
「ほおお。どれ」
モンゼンに歩み寄り、ピピルを摘み上げるワルダー。
「おい、ピピルに乱暴すんなよおっさん」
「見るだけだ」
情が移ったのか心配そうに言うモンゼンを適当にあしらいながら、じたばたあがくピピルをワルダーは観察していく。
「ふむ。確かにファー・バットと言われりゃそんな気もするな。だがわしはこんな色のファー・バットは初めてみるぞ。それにこいつら、人には懐かんだろう。どこで見つけた」
ピピルはワルダーの手から逃れ、モンゼンの肩の上で触れられた羽先を毛づくろいしている。
「あー、ここに来る途中でな。倒れた木に羽挟まれてたから、出してやった」
肩のピピルをなでながら答える。
「甘ったれた小僧と、どん臭い毛玉か。お似合いだぞこりゃあ」
豪快に声を上げて笑うワルダーだが、ふと笑いを止めてモンゼンに言った。
「だが、今わしが見たところ、体のあちこちにケガしてるぞ。治りかけの小さな噛み傷が毛の奥にあった。その見た目じゃ、群れから追われたのかも知れんな。お前はちょうどいい宿代わりなんだろう」
驚くモンゼン。あわてて肩のピピルをつまみ上げ、毛で覆われた体を観察する。
確かに、毛の奥には無数の歯型があった。
治りかけの赤くなった無数の傷跡は、見るからに痛々しい。
「わりいなピピル、気付いてやれなかった。教えてくれてありがとな、おっさん」
「ワルダーと呼べ、小僧」
「ピルルル。ピピルル」
鳴き声を上げながら、毛を持ち上げていたモンゼンの手をピピルが噛む
ワルダーはその様子を、優しい目で見ていた。
医療院でケガの経過を見るらしく、ワルダーは一足先に倉庫を去った。
残るロベルとモンゼンは、手ごろな木箱を椅子にして向かい合っている。
「で、スミスのところに向かうのか?」
木箱に背筋を伸ばして座るロベルは、モンゼンに言った。
「あー、略奪者にやられたザムっていう男の腕、作ってもらおうと思ってな」
モンゼンは履物の紐を締め付けなおしながら答える。
「なるほどな。やつがいるのはギーファと呼ばれる工房都市だったはずだ。ここから一週間というところだろう」
「まじかよ、結構遠いんだな。ロベル、お前着いて来てくれよ」
「一人でいけ」
不安そうなモンゼンの誘いを、そっけなく断るロベル。
「じゃあ金貸してくれ」
「働け」
取り付くしまもない。
「だーからそれはきついんだって。じゃあまたツケにしていいか」
すがるようなモンゼンに、ロベルはあきらめた顔で
「名前を出されるのは面倒だ。もっていけ」
と、懐から銭袋を投げ渡す。
「使い方……はまああとでなんとかするか。ありがとうな、ロベル」
ありがたそうに、モンゼンはいそいそと布袋を懐の包みにしまう。
「ギーファに行くなら東門から出て街道沿いにいけ。途中にいくつか村がある。夜は門の出入りが厳しいからな、今日は適当に宿を取れ」
そう言うと、立ち上がって倉庫の出入り口に向かうロベル。
「なあロベルよ」
モンゼンが、ロベルの後姿に声をかける。
「なんだ」
「お前、相変わらず何だかんだいって面倒見いいのな」
ロベルは振り返らずに歩いていく。
「ありがとうな、助かるぜ。」
また、振り返りもせず、ロベルは右手を上げて答えるのだった。