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王都ザイル

 王都ザイルは石造りの壁で周囲を固められ、四方に作られた堅牢な門により出入りを制限されている。

門は平時は全て開放されていて出入りの制限はないが、現在は堅く閉ざされていた。


 原因は一師団の壊滅。

五日前、カフル街道の略奪者を討伐に向かったのは王都第四騎士団だった。

「丸太食い」と呼ばれる第四師団長のワルダーは大きな口と、刃物も通さない硬い鱗を持つ大柄の戦士である。

 戦好きの気性の荒さと、体温を感知するという探索能力を併せ持つワルダーは武功も豊富で、また第四騎士団にはワルダーに選び抜かれた、森林戦に優れた兵士も多く所属していた。



 街道周辺の森で潜伏と襲撃を続ける略奪者を討伐する任務に向かったのは、師団長率いる精鋭部隊200である。適任と思われたが、状況報告がないまま出発から二日が過ぎた。


 元より謎の略奪者を警戒していた騎士団はすぐ追加部隊を派遣したが、街道沿いで発見されたのは身動きが取れないほど痛めつけられた第四騎士団の面々。

死者は一人もいないものの、今でも誰一人意識が戻らず、団員全てが医療院送りとなっていた。


 ザイル中央には王ザイルバルドが住まう王城がそびえたち、すぐ南に政治を司る右塔と、武力を司る左塔を構えている。

現在、左塔の会議室では騎士団長ハイルマンと、ワルダーを除く師団長による会議が行われていた。


「ワルダーの意識は戻ったのか」

会議室に重く響き渡るような声が、貫けぬ盾、防げぬ槍との呼び声高い騎士総団長ハイルマンその人である。

毛深く筋肉に覆われた体躯を重厚な鎧に包んだ片目の豪傑が、会議室の一番奥から問いを投げかける。


「いいえ。しかし彼も彼の隊でも、命に関わる怪我は誰一人ないそうです。間もなく意識を取り戻すかと」

ハイルマンの問いに答えたのは、第二師団団長のヤイズ。とがった耳と、引き締まった体とは対照的な一際発達した左腕が特徴である。

左腕の豪腕を生かした剣の腕前はもちろん、騎士団の運営、渉外も担当する団長の右腕だ。


「既にご存知かとは思いますが、改めて被害の報告です。被害を受けたのは、第四師団長と精鋭軍。

全員が意識を失っており、治療中ですが死者はありません。

ワルダー氏と第四師団が敗れる戦力が王都周辺に存在すると考え、王都の門は全て閉鎖しました。

右塔からは危険のない門の開放と、警備の萎縮をしつこく求められましたが、王から働きかけて頂き数日は黙ってもらいました。

部隊と共に搬送された負傷者の身元は依然不明。こちらは意識は戻ったようですが聴取は出来ておりません。おそらく彼に関しては治療を待っても聴取は不可能でしょう」

と、続けてヤイズが現状の報告を行う。


「そりゃあいい。門を開けろってまだ騒ぐようなら、右塔の連中に門を守らせろよヤイズ」

報告を聞いてニヤニヤと軽口を叩いているのは、斥候や伝令に特化した第六師団団長ジャック。

ネコのような風貌を持つ痩身の男で、鼻の周りから伸びたヒゲと三角の耳をよく動かしている。

騎士団以外ではあまり姿を見せない任務の関係上、こうした会議ではいつも軽薄な態度を取るのが常だ。


「ヤイズさん。聴取が出来ないというのは? 僕のところから何人か出しましょうか?」

と質問をする若者は、第五師団団長のノーマン。

丁寧な話し方と、好青年然とした身形をしているが、第五師団は捕虜の管理や聴取、王都の防衛を担当する師団だ。人のような姿を持つが、よく見ると青年の背後にあるはずの椅子の背もたれが透けて見える。


「技術の問題ではありません」

ヤイズは短く答え、続ける。

「彼は、表現出来る手段がもう何もないのです。そうですね。わかりやすい表現をすれば、大きな赤子のようになっているそうです」


「ふん。ノーマンのとこの腕っこきでもそりゃ無理だなぁ。お袋さんでも呼ぶしかねえ。じゃあワルダーさんが起きたらゆっくり聞こうや。

ところでヤイズ。死にそうなやつもいねえって聞いたぜ? みんな意識だけ飛ばされて帰ってきたってのかい」

と、ジャックが茶化す。


「ヤイズ」

会議の一席に座っていた、ただ一人鎧を付けていない男がヤイズに鋭く声をかけた。

抜き身の剣を携える彼は、一際異様な気配を纏っている。

「鎧や武器はどうだった」

この男が第三師団団長、騎士団の抜き身の剣、王都ザイルの最高戦力『戦士』ロベル。


「……。頭部を守る鎧は全て破砕されました。胴部を守る鎧はほぼ無事でしたが、何人かの鎧と剣は破片しか見つかっていません」

「そうか。ハイルマン殿、警備は解いてよさそうです」

ロベルは返事を聞くとハイルマンに告げ、会議室を出て行った。



 医療院では、ワルダーを含める騎士団全員と、身元のわからぬ1名の負傷者の治療が行われていた。

治療と言っても、怪我は腕や足の骨折、打撲ばかりである。

負傷は重傷とはいえないものばかりにも関わらず、医療院には珍しく殺伐とした雰囲気が漂っていた。


 カフル街道から運び込まれた負傷者は、大きな治療室でまとめて治療を受けている。

全員意識を失っている中、廊下に響くのは治療室に向かう癒し手の声だった。


「あの鎧の残骸を見ただろう。お前、骨折だけで済むと本当に思うか」

神経質そうな小柄な癒し手が、甲高い声で叫んでいる。


「どうしたら鉄板が砕けるんでしょう。ワルダー殿が骨折をしている姿というのも僕は始めてみました」

と、連れ立って歩く若い癒し手は答える。


 歩きながら、二人は続ける。

「それと例の負傷者だ。あいつはいったいどうしたというんだ?まるで生まれたばかりの赤ん坊だ」

「ええ。ただ彼が運び込まれた時に見つかった服や道具は、今の彼には扱い得ないものです。つじつまが合わない」


 彼らの向かう先には、第四師団の面々と例の負傷者がいる。

ドアをあけ、尚二人は異常な患者達について声高に語る。


「持ち物なんて些細な話だ。おれはあいつの便を片付けたんだ。なあ、どうしたら、尻から鎧のかけらが出てくるんだ?」

小柄な癒し手は、若い癒し手に不安をぶつけるように問いかける。

焦燥した内心に比例するように、医療院にはふさわしくない大声を出しはじめた。


若い癒し手はうんざりした顔で小柄な癒し手をなだめ出すが、

「教えてやる。だから黙れ」

それに声をかけるものがいる。

うるさそうに言うのは、意識を取り戻した第四師団団長のワルダーだった。

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