西門市場
体に走るくすぐったさで、思わず身をよじりそうだ。
こみ上げる声を押し殺し、モンゼンはたしなめるように胸元を押さえつける。
彼はほとほと困りきった顔で、王都の門の前にいた。
王都を守る西門の前で、彼は門番が呼んだ騎士団に囲まれていた。
中を何かが這い回るように見える黒衣をまとい、それに合わせるようにその体をくねくねさせるたくましい男が門の前に立っているのだ。当然だろう。
モンゼンは、疲れきったように言う。
「あやしいものじゃねえんだって、おれは」
囲む騎士の一人が腰の剣に手をかけながら言う。
「怪しくない訳があるか。どこからどう見ても怪しい。黒尽くめの変態め」
「ひでえ呼び方するんじゃねえ、おれはモンゼンだ。これには事情があるんだよ。おい、動くなよな。ひひひ」
くすぐったそうに、自分の左腰あたりに声をかけるモンゼン。
「な、なんだ貴様。入門は認めん、帰れ」
騎士達が少し距離をとっているが、モンゼンは気付かずに自分の服をぱたぱたと叩いている。
「動くなよこら、ちょっと大人しくしろ。あ、おまえやめ、ひひ」
更に距離を取る騎士団と、あちこちを手で押さえながらモンゼンは体をぴくぴくと震わせる。
見るに耐えないこの光景に割ってはいるものがいた。
「何をしてる、お前」
「お、おおロベル。探してたんだよ」
門の中から、不審者が現れたと聞いて様子を見に来たロベルである。
「助かった。いやあ森でこいつ助けたら、なつかれちまってよ」
そう言いながら、胸元を開けるモンゼン。服からは、羽の生えた乳白色の毛玉が覗いている。
「ピルル。ピピル」
不満を訴えるようにモンゼンの周りを飛びながら、飛ぶ毛玉。
「なんだそれは」
「しらねえよ、この辺の生き物なんじゃねえのか」
顔の周りを羽ばたくように飛び回る毛玉を、モンゼンはうるさそうに払っている。
「まあいい。何か話があるんだろう、入れ。おい、門番にも問題はないと告げて来い。こいつはおれの知り合いだ」
モンゼンを囲んでいた騎士に声をかけ、ロベルは門の中に入っていく。
不審者として扱われた男は、あっけに取られる騎士達を申し訳なさそうに見ながら、ロベルについていった。
西門から入るとすぐに、交易で栄える市が見えてくる。
モンゼンとロベルは、市にある茶屋の縁側に並んで座っていた。
「ファー・バットかもしれんな」
ロベルがモンゼンの肩にとまる毛玉を指差して言う。
「なんだそりゃ。つーか追い払い方しらねえか」
モンゼンが顔を手のひらで抑えながら言う。扱いに困りかねているのだろう。
「しらん。ブラシのように硬い毛が生えたこうもりのような生き物で、人になつくという話は聞いたことがないな」
「この毛玉はふわっふわだぜ?」
モンゼンは毛玉から覗く小さな口をつつきながら言う。
「だから気付かなかった。こんなファー・バットは見たことがない」
「ふーん。こうもりにしちゃかわいいもんだな。見ろよこれ、甘えてるみたいだぜ」
小さな口でモンゼンの指をかじかじと噛む毛玉。
「まあいい、で、何の用だ」
毛玉をいじるのをやめて、モンゼンはロベルを見る。
「ああそうだった。メカニック、来てたよな?」
「メカニックか。いるはずだぞ、確か東だな。ただ、今は鍛冶屋スミスって呼ばれてるはずだ
モンゼンはそれを聞いて、笑い出した。
「じゃあスミス(鍛冶屋)・スミスじゃねえか」
「文句はないだろうよ、本人も」
ロベルも珍しく笑みをこぼす。
「よし、んじゃあ次は東を目指すか」
話は終わりとばかりに席を立つモンゼンを、ロベルは引き止めた。
「待て、他にも話しておくことがある」
モンゼンが座るのを待たず、ロベルは続けて話し出す。
「最低限の知識だけ話す。この島にいる人間は、人種と呼ばれる亜人種ばかりだ」
「あー、だからみんな変わった格好なのか」
モンゼンが、再度腰を下ろしながら相槌を打つ。
「お前が見たもので言うと、ワルダーのような『のこぎり歯』に、略奪者のような『跳ね足』、比較的多いのは『大毛皮』、『尖り耳』、『犬噛』、『八つひげ』、『とげ鼠』、『平鼻』。あくまで一部だが」
「豚とか犬みたいのに、猫っぽいのや蛇みたいなのは見たな」
モンゼンはアンプであった人々や騎士団の面々を思い出しているようだ。
「最後のは『鱗肌』だな。種族が多いからあとで覚えろ。今お前が覚えなきゃならんのはな」
「なんだ」
「鰐だの蛇だのと人に向かって言うな。侮辱の言葉になる」
ロベルが横目で睨みながら言う。
「こっちの最低限のモラルってやつだな。わかった」
めんどくさそうに答えるモンゼン。
「あ。そうだ」
続けて、思い出したように声を出す。
「アンプでメシ食うときに、お前にツケといたから」




