左塔にて 3
略奪者だった男は、既に人を襲う意思を持っていないようだ。
「あー、あー」
と声を上げながら、天井を眺めて寝そべっている。
「ずっとこの様子で、取調べも出来ません。まあ、ワルダー師団長の話では自我を失っているタイプだったようなので、どの道何も聞き出せなかったでしょうが」
「ふんふん、よく言いますねえ。あんたら第五師団の拷問はえげつないもんでしょう。答えが言えなくても、聞く方法はいくらでもあると思いますがねえ」
ピノは硬い表情だ。
ワールドライトに対していい加減な言い逃れは通じないことを思い出したのだろう。
「それも、この略奪者には無理です。牢の肥やしが増えただけですよ、これじゃ」
と、正直に事実を告げる。
「はいはい、ノーマンさんでも赤ん坊には何も聞けないでしょう。どれ」
ソードラットは独房の入り口から略奪者へ進む。
横たわる略奪者から、少しでも情報を得ようとしているようだ。
危険はないからか、ピノも止める様子はない。
略奪者の顔を覗き込む。
顔には怯えも痛みも現れていない。ソードラットと変わらぬ年だろう。
粗末な麻で出来た、かぶせるように着せられた服を捲り上げる。
目立つ怪我も、ない。体格は堂々としたものだ。
下の始末がもう自分ではつけられないからか、下着ではなく、交換しやすい布が巻きつけられている。
視線を下に移し、略奪者の足を眺める。
典型的な跳ね足の作りだ。ひざから「く」の字に折れ曲がった脚部に、地面を大きく蹴れる足の底。
しかし、やはり異常な発達をしている。ソードラットの鍛え抜かれた下半身の、優に二倍はあるだろう。
視線を上に戻し、手を取る。
下半身から比べると華奢な、しかし引き締まった腕。手の先の爪はぼろぼろになっているが、鋭さと長さは本来の跳ね足の比にはならない。
思わず掴んだ腕を握り締めるソードラット。この爪がザムを襲ったに違いない。
怒りから毛が逆立ちそうになったが、略奪者のぐずる声で我に返った。
「おいおい、大の大人のぐずる声なんざ聞きたくないですよ。ピノさん、もう十分です。これはあやしてやらなきゃいけないんですかねえ」
独房を出ながら、外で待っていたピノに声をかけるソードラット。
「いえ、このまま閉めてしまいましょう。扉を閉めれば声も聞こえませんし、それにこいつは略奪者ですから」
「ま、ですねえ。ピノさん、よかったら少し話を聞かせてくれますか」
「ヤイズ師団長にそれも頼まれています。知ってることはお話しますよ。座って話しましょう、仕事がまだあるので、看守室へどうぞ」
閉じた扉に鍵をして、ピノは案内するように前を歩き出す。
「手間かけさせてすみませんねえ」
どうやらこの狭苦しい場所からはまだ出れなそうだ。
ソードラットは仕方なく、ピノについて歩き出す。
看守室には、ピノとソードラットだけだった。ピノが取り計らってくれたのだろう。
目の前には茶が出されているが、あいにく牢獄の臭いに香りが消されて、苦いお湯をすすっている気分だった。
「で、早速聞きたいんですがねえ、ピノさん。あいつはどんな状態で運び込まれたんです?」
茶の入ったカップを遠くに押しやり、ソードラットは身を乗り出す。
「はい。報告では、目に見えるものは爪の損傷、それと僅かな擦り傷に、打撲痕。略奪者がつけていたと思われる鎧は粉々に砕けていました。ちなみに爪は、ワルダー師団長が噛み砕いたそうです」
「丸太食いが爪切りですか、こりゃいい。しかし……ふむふむ。鎧が砕けるような攻撃を受けてそんなもんで済みますかねえ。とてもそんな頑丈には見えませんでしたが。他に変わったことは?」
ソードラットはそういいながら、続きを促す。
「はい。便からは、鎧の破片が見つかったそうです。これは略奪者の鎧と同じものと思われます」
散々報告が交わされたのだろう、すらすら答えるピノ。
「便にかけらだあ? 食ってたんですかねえ」
「いえ、胃液は見つからなかったそうです。癒し手の話をそのまま伝えるなら、まるで便に鎧がねじ込まれたようだと」
すらすら答えるピノとは対照的に、ソードラットの表情はだんだんと険しくなる。
「聞けば聞くほどわかりませんねえ。思いっきり頭打って、記憶を失ったりするのはわたしも見たことがあります。でもありゃそんなんじゃねえ。何されたらあんなになるんでしょう。それに腹の中に鎧が混ざるのもわからねえ」
「そうなんです、扱いかねてるんですよ僕らも」
何かを考えるソードラット。ピノは向かいでうまそうに茶を飲んでくつろいでいる。
「一つ、確認なんですがねえ」
「はい」
「あんたらいわばプロだ。見落とすような真似はしてねえでしょうが、あの略奪者のあれ。ガキのフリってことはないですかねえ」
青年は幼さのある笑みを見せて、言う。
「確認の為に僕らがあれに何をしたか、一つずつお話しましょうか?」
ソードラットは無言で首を振るのだった。




