左塔にて 2
ヤイズは腰の剣に手をかけた。
「ソードラットさん。落ち着いてください」
いつでも抜けるように構えたまま告げる。
ソードラットはあっさり逆立てた鋭い体毛を収め、一歩引くと、言った。
「いやいや、失礼しました。どうも気に入らなくてね。わたしの稼ぎを邪魔する騎士団も、知り合いをやった略奪者も、黒い服着た男もなにもかも」
いつもの様子に戻っているようだ。
「黒い……ソードラットさん、その男について何か知ってるんですか」
「知り合いのガキがね、その男に頼んだって言うんですよ。略奪者倒してくれって。どうも変わった男だったようなんですがねえ。こっちはさっぱりで」
「そのことは他言無用でお願いします。秘密、お話しますよ」
ヤイズは手を剣から離しながら、ソードラットにやっと椅子を勧めた。
割り切ったヤイズの口からは、略奪者を倒した黒衣の男の話と、討伐者としてワルダーを祭り上げることが伝えられた。
ソードラットはそこまで黙って聞くと、ヤイズを鋭く見る。
「じゃあ、その男が丸太食いの旦那と略奪者を倒したって言うんですか。これはこれは、ヤイズさん。秘密をしゃべるって言いながら、冗談だなんてあんまりでしょう」
面白くなさそうな様子を包み隠そうともしない。
「私は嘘をついてもいませんし、冗談を言っている訳でもありません。王都のトップシークレットを、ワールドライトであるあなたを信じてお話しています」
ヤイズはまっすぐソードラットを見つめながら言う。
「……ちっとも信じられねえが、わかりました。王都の不自然な動きも納得が出来る。で、その黒いのはどこにいったんです」
「そちらは依然として知れません。ロベルさんなら知っているかもしれませんが、話してくれるとは思えません。私も胸のつかえがなくならないんです」
どうやら、自身の不満を明かす相手にソードラットを選んだようだ。
「いやいや、それにしても、丸太食いがよくその話を呑みましたねえ」
「正直なところ、私もそれはとても意外です。これは私が受けた印象なんですが、ワルダーさんが医療院で意識を戻して倒された経緯を聞いているとき、彼には諦めのようなものを感じました」
「……それだけの相手だったってことなんでしょうかねえ。まあ、わかりました。いたずらに不安をあおるのもなんですし、この話は黙っておきましょう。ただ、仕事の関係上必要とあれば話します。状況の判断くらいは、信じてくれませんかねえ」
納得いかなそうにヤイズの部屋の本棚のあたりを見るともなく眺めながら、ソードラットは言う。
「お話してしまった以上、そうする他ありません。私も散々困らされたので、ハイルマン殿にも腹が立っています。あなたにお話するくらいは許してもらいますよ」
話をまとめるのに随分無理をさせられたのだろう。疲れを隠そうともせず、ヤイズが答えた。
「それで、なんですが。ここまで話したら、略奪者にも会わせてくれませんかねえ」
ソードラットは本来の目的を果たす為に、再度ヤイズに要望を伝えた。
「わかりました。先ほど案内したピノがちょうど第五師団の配属なので、呼びましょう」
ヤイズは使いを出すために部屋を出ていき、すぐ戻ってくる。
「そういえば」
ソードラットが話しかける。
「たまたま、だとは思うんですがねえ。ここに来る時、ウッドイーターの群れに襲われました。かかってきた分は倒したんですが、ざっと五十匹はいましたねえ」
「そんなに多くの…」
「ええ。そもそも、夜は奴らの活動時間とは言え、ここまで大きな群れに襲われるのは珍しいですよねえ。ま、奴らの足の遅さじゃそこまででかい被害はねえと思うんですが、往来する一般人にはしばらく護衛つけないと怪我人が出ますよ」
ソードラットが関心も無さそうに言う。
「騎士団でも調査と駆除を行うようにしましょう。ありがとうございます」
頭を下げるヤイズに、ソードラットはすかさず言った。
「で、報酬はくれるんでしょうね」
ヤイズは呆れた様に笑いながら、
「先ほどの情報と、略奪者への面会が報酬とさせて下さい」
「やれやれ。ま、いいでしょ」
期待していなかったのか、ソードラットはあっさりと引く。
ちょうど会話が切れたところで、部屋にノックが響いた。
ピノに連れられてソードラットは、第五師団が受け持つ地下牢に案内された。
湿った空気と、糞尿の臭い。染みこんだ血の臭い。
臭いを構成するものはソードラットの住むスラムにそっくりだが、ここには自由がない。
ここも好きになれそうにはないな、と思いながらソードラットは言う。
「やれやれ、せまくるしい場所ですねえ」
「そう言わないで下さい、これでも一応、自分の仕事場なんです。略奪者はこの奥です」
前を進むピノが、苦笑しながら答える。
大人数が入れられているでかい牢獄から、厳重に守られた独房が並び立つ場所へと進む二人。
やがてピノは一つの牢の前で足を止め、ソードラットを振り返った。
「ここです。抵抗する様子もないのでここまで厳重にする必要はないんですが、略奪者はここに入れるのが決まりなので」
「そうですか、はいはい。じゃあ中に入れてくれますかねえ」
「どうぞ、一応警戒はしてくださいね、ソードラット殿」
鍵を開けながら、ピノが扉を開ける。
中にいるのは、言葉とも言えない言葉を赤子のように発する、無垢な目をした男だった。