左塔にて
左塔に入ったソードラットは、早速周囲を騎士達に固められていた。
「ソードラット殿、今日はどのようなご用件で?」
「はいはい、ただの野暮用です」
「後でまた冒険の話を聞かせてください!」
「いやいや、急ぐんで難しいかもしれないですねえ」
「ソードラットさん、訓練を見てほしいんですが」
「そもそも、集団での戦いとわたしの戦いは違うから意味がないでしょう」
かけられた言葉に適当に返事をしながら、左塔一階の中央を目指すソードラット。
周りの騎士はあしらわれていることに気付きもせず、ソードラットに様々な言葉をかけてくる。
鬱陶しくてならない。早く逃げるに限る、とばかりに足を速めた。
「あ、あなたあなた。そこの小さな、『のこぎり歯』のお兄さん。ヤイズさんかジャックはいませんかねえ」
「ソードラット殿! ファンなんです、握手してください!」
まだ若いのだろう、まだ柔らかそうな鱗の青年に適当に握手を返すソードラット。
「はいはい。で、いますか?」
「ありがとうございます! ヤイズ団長がおられます。ええと、報告書を作ると言っていたので自室だと思いますが」
よほど感動したのか、青年はソードラットの手を握ったまま答える。
「ふむふむ、勝手に行くわけにはいかないですかねえ。じゃあこれから行くんであなたついてきて下さい」
「え?じ、自分はこれから訓練が……あのっ」
強引に手を引き歩きだすソードラット。
「こ、これは勝手に行くのと変わらないんじゃっ…ないでしょうかっ」
なんとかソードラットを止めようとするが、一向に聞く気配はない。
「いえいえ、あなたヤイズさんの部屋の前で取り次いでください。そのあとすぐ入れば無断入室にはならないでしょう」
「……わかりました。噂通りのお方で、ある意味安心しましたし」
「助かりますよ、ほんと。えーと、昇り鳥使ったほうが?」
頷く青年。
「はい、塔中部なので使ったほうがいいです。自分が手配してくるので、先にいきますね」
そういうと、塔の中央の鳥着き場へ青年はかけていく。
左塔は中央が大きく開けた、筒状の建物だ。
騎士団の待機所や訓練所、各団員の私室などは全て塔の壁側に放射状に作られており、一階から最上階までは円状の階段が張り巡らされている。
しかし、あまり広いとは言えない階段は、機能的にも労力的にも利用するものは少なく、高層階への移動には昇り鳥と呼ばれる鳥を利用するのが一般的だった。
何気なく上部を眺めながら立っているソードラットの元に、青年が戻ってきていった。
「お待たせしました。こちらへ。念のため確認ですが、利用経験はありますね?」
「ええ、ええ、何度かここには来てますから。どれを使えばいいですかねえ」
案内されるソードラット。個別で飛ぶ昇り鳥なのだろう、足の間に一人用の席が設けられている。
「ではこの鳥を使って、35というプレートが見えたら嘴を引いてください」
「はいはい、そのように。ではまた上で」
そういうと、昇り鳥の足の間に腰を下ろすソードラット。
すぐソードラットの頭の上では羽ばたきが聞こえ、彼の足は地面を離れた。
塔を直角に歩くようなスピードで、昇り鳥は上昇していく。
低くなっていく団員達と、目の前を縦に流れる風景。少し体に重みがかかるのを感じながら、プレートを見落とさないように目を凝らした。
やがて見える35のプレート。
ソードラットは、昇り鳥の嘴から結んで下ろされた綱を引き絞った。
昇り鳥は目的地を悟り、登るのをやめて壁側に進みだし、三十五階の鳥着き場でソードラットの離席を確認すると、また一階へ降りていった。
「お疲れ様でした、ソードラット殿」
「いやいや、疲れたのは鳥でしょう。いきますよ、どっちですか」
「こちらです。あの……出来れば怒られたら助けてくださいね」
歩きながら青年は心細そうだ。
「はいはい、覚えてたらそうしますかねえ」
「宜しくお願いします。本当に。じゃあ、こちらでお待ちください」
どうやらヤイズの部屋についたようだ。
青年はドアをノックして、返事を待っている。
「はい」
「ピノです。ソードラット殿がお越しです、ヤイズ師団長にお会いしたいとのことでして」
「わかりました、すぐいきます」
「いえそれが……もう後ろにおいでです」
青年の言葉が終わると同時に、そばで待っていたソードラットはドアを開けて中に進む。
「……相変わらずですね、あなた」
「いやいや、あなたもですよヤイズさん。ようこそ、くらい言えないんですか」
不穏な気配を察したのか、青年は敬礼をすると走って去っていく。
「ちゃんと受付を通してください。外部に漏れたらまずい話など、この塔には山ほどあるんです」
「ふむふむ、例えば略奪者を倒したのが本当は誰か、とかですかねえ」
面倒そうな顔で机の書類を眺めながら話していたヤイズは目を剥く。
「何を知ってるんですか」
「何も。だから確認しに来たんですよ。捕らえた略奪者に会わせてください」
ヤイズに歩み寄るソードラット。
「現在取り調べ中です。会わせられません」
「おいおいバカにしてんですか? ガキみたいな頭になっちまって取り調べなんて出来ないって話、知らないとでも思ってんですかねえ」
「依頼は取り下げられたはずでしょう」
「ほうほう、やっぱりあんたたちでしたか。わりいんですが、略奪者にやられた奴に」
ソードラットはそこで言葉を切り、体毛を逆立ててヤイズに更に顔を寄せる。
「わたしの、知人がいるんですよねえ」




