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ハンズ支部~アンプの町~

 アンプの町は、徐々に賑わいが戻ってきていた。

王都との交易が復旧しはじめ、街道から道なりに続く宿場には、既に宿や飯屋を目当てにした大勢の商人が集まっている。

直に賑わいは宿場から町全体に活気が広がっていくだろう。


時間は昼時。商談の休憩に寄った商人や、商人からの依頼を狙ったハンズが昼食を取る姿がそこかしこに見える。宿場には肉の焼ける匂いや、香ばしいたれの匂いが溢れていた。

「たまんねえな、この匂い」

モンゼンはその匂いに鼻を引くつかせながら、宿場の外れにあるハンズ支部を目指していた。


 アンプのハンズ支部は、一般的な宿屋を一回り小さくしたような建物である。

入り口にはハンズ支部であることを表す手のひらが描かれた看板と、飯屋であることを表すスプーンとフォークの看板がぶら下げられていた。



 両開きの扉を押し開け、中に入ったモンゼンに早速声がかかる。

「いらっしゃいませ!お食事ですか?ご依頼に関してですか?」

案内係なのだろう。腰にエプロンを巻いた、まだ若そうな娘だ。

「メシだな。あー、ツケってできるか?」

「どなたへでしょう?」

「戦士ロベルに」

娘は驚き、今入ってきた黒衣の男を上から下まで見直す。


「失礼ですが、お名前を伺えますか?」

「モンゼン。そう言えばわかる」

「か、畏まりました。こちらへどうぞ」

娘はモンゼンを左側の食堂へ案内する。


 娘の肩が緊張でこわばっているように見えるのは気のせいだろうか。

周囲からもいくつも視線がからんでくる。疑問に思いながら、カウンター席に腰を下ろすモンゼンに、カウンターの中から声がかかる。

「なに食うんだい」

「野菜だけの料理、あるか。出来れば香草も効いてねえほうがいい」

「めっずらしいこというな。好き嫌いはよくねえぜ」

「うるせえ」

本当は肉食いてえんだよ、と小さくつぶやく。


「なんか飲むかい」

「茶、たのむ」

「いちいち似合わねえな、あんた」

豚鼻の男は、おかしそうにそういって厨房に向かっていった。


「あんた、あの戦士様の知り合いなのかい」

注文を終えたモンゼンに、酔っ払いが話しかける。どうやら娘とのやり取りを聞かれていたようだ。

「昔馴染みなんだよ、あいつ」

答えるモンゼン。


「なんだと? 戦士様っつったら騎士団に入る前の経歴が知られてねえことで有名なんだぞ」

「あー……ちょっと特別なとこで修行してたんだよおれらは。その頃の同門ってやつだ」

ロベルに怒られるかもしれない。

表情を曇らせて、ごまかす。


「そんな話きいたことねえぞ……なあ兄ちゃん、こっちで一緒にのまねえかい。おごるぜ」

「わりいがおれは酒は飲まねえんだ。それにここの会計は昔のツレにおごってもらうさ」

これ以上ボロが出ないように、酔っ払いに向かい合って断るモンゼン。


情報を逃す後悔が強いのか、男は残念そうだ。

「そうかい……あんた、名前は」

「モンゼン」

「変わった名前に、変わった格好だな」

「あんたも変わってるぜ、男に関心もつなんてな」

「ばかいえ、おれは女が大好きだよ。それにハンズは情報が命だぜ」

酔っ払いは笑ってそういいながら、ふらふらした足取りで自分の席に戻っていった。


 話が終わるのを待っていたのか、男が席に戻るのを見計らってモンゼンの前に料理が置かれる。

カブのスープに、ボウル一杯に盛られたサラダだ。野菜はどれもみずみずしい。

「これなら食えるかい、ぼっちゃん」

豚鼻の男は、子供をあやすように尋ねる。


「ぼっちゃんはやめてくれ、おれはモンゼンだ。それに好き嫌いしてるわけじゃねえんだよ。うまそうだぜ、これ」

料理を出してくれた男はあたりめえだ、と笑うと、カップにお茶も注いでくれた。


「そんな食事であんた足りんのかい。でっかい図体じゃねえか。足りねえならおかわり出すから、言えよ。どうせツケなんだろ」

「ありがてえ。でも十分だぜ」

「あとな、食い終わったら時間あるか? 支部長が挨拶してえらしいんだよ」

「おれにか?」

「そうだろう、あんた戦士様のお友達なんだろ?」

「……あー。だからか。わかった」

思ったよりロベルはずっと有名なようだ。面倒な名前をつかってしまったかもしれない。

納得したモンゼンは目の前に手をあわせて頭を下げると、静かに食事を始める。


------


「お呼びしてしまってすみません。それに、少々荒れた部屋にお呼びしたこともお詫びします」

支部長室でモンゼンに詫びるのは、マルディ。

「呼んでもらって悪いが、おれとあいつは昔馴染みってだけでな。戦士様なんて呼ばれてるあいつと特別親しいわけじゃねえんだよ。期待させて悪いのは、こっちだ」

面倒な事を言われる前に、と暗に予防線を張るモンゼン。



 恐らく、目の前のこの熊のような男はロベルとのパイプを作るのに自分を利用したかったのだろう。

見るからに表情が曇っていく。


「そうでしたか、しかし戦士様のお友達と言う方は、失礼ですが初めて拝見しました。こちらへはどのようなご用件で?」

気を取り直し、モンゼン自身の素性を探るマルディ。

すると、モンゼンは何かを思い出したようにマルディを見て、

「あんたハンズのお偉いさんなんだよな。ちょっと聞きたいんだが……そうだな、鍛冶屋として有名なやつを知らねえか?多分すげえ変わった腕前のやつだ」


「ふむ。変わったご質問ですね。名工と呼ばれる人は何人か思い当たりますが、変わった様子となるとお答えするのは難しいです。その方を探してアンプへ?」

一通り思い返してみるが、アンプにもいくつか工房はあるものの、特に有名な鍛冶屋はいないはずだ。不思議に思うマルディ。


「いやそうじゃねえんだ。そうか、じゃあやっぱりロベルに聞いてみるのが早いか。わかった、ありがとな」

話は終わったとばかりに、元の半分の長さになったテーブルに背を向けるモンゼン。

昨日までドアがあった場所をくぐるモンゼンを、マルディは残された部屋からただ眺めるばかりだった。



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