翻弄されるものたち
王都騎士団第二師団団長。
その肩書きはヤイズの誇りであり、自身の能力の全てを発揮する最高の舞台でもあった。
ヤイズは『尖り耳』の母と『招き腕』の父という、変わったルーツと特徴を持つ。
多様な進化により、様々な特性が確認されているこの島でも、近い特性を持つもの同士で子をなすのが一般的であり、ヤイズのように複数の特性を見せるものは異端とされることが多い。
一見いびつに見える自身の体とその生まれを恥じた事は一度もないが、排斥と差別に苦しんだことは数知れない。
それでも歪むことなく、父の豪腕と母の知恵を受け継ぎ、自身の力を正しく使うことに尽力してきたつもりだ。
それが認められてかいつしか表立って生まれを揶揄されることはなくなり、騎士団ではなくてはならない存在となった。
今までの彼の人生は、今の立場を得るための努力と苦労で塗り固められているといっても過言ではない。
だが。ヤイズは、珍しく自分の立場を後悔していた。
「ヤイズさん。略奪者が討伐されたと聞きましたが……ほほ、容疑者と思しき男は話が出来ないそうじゃありませんか。その報告を鵜呑みにして、もしまだなにか事件があったら騎士団はどう責任を取るつもりなのでしょう」
ヤイズがいるのは、右塔の内。
ハイルマンの代わりに、ツォルムの絡みつくような追及を受け続けているのだ。
「は。その件についてはワルダー殿および意識が回復した隊の面々から、引き続き聴取を行うつもりです」
上司と違い顔には不満を出さず、担々と答える。
しかし、相手はこちらの隠していることを見通しているようだ。
「聞き取りも終わってないのに、門はあけてかまわない、と。ほほ。ヤイズさん」
ずい、とツォルムはヤイズに顔を寄せる。
「何か隠してませんか? ほほ」
ヤイズは内心冷や汗を流しながら、微笑み返すしか出来なかった。
「今頃ヤイズは怒ってるだろうな」
ヤイズに右塔の面倒ごとを押し付けたハイルマンは、ワルダーに話しかける。
「わしもです、団長」
「わかっている。だからお前には私から話す」
ワルダーは大きく息をつき、やっとハイルマンの向かいに座った。
ハイルマンの呼び出しを受けて来たワルダーは、部屋に来てすぐ略奪者討伐の栄誉を受けろと告げられた。
自身はただ謎の黒衣の男に倒されただけだというのに、その敗北者に武功を与えるなど侮辱以外の何者でもない、とワルダーは立ったままハイルマンを睨み続けていたのだ。
「お話を聞かせて頂けますか、団長」
前に突き出した大口は牙を剥き、不機嫌さを隠そうともしない。
まるでハイルマンを噛み砕こうとしているようだ。
「お前を倒した男はロベルの知り合いだった」
「それで」
「その男はアンプで頼まれて略奪者を倒しに来たに過ぎない」
「それで」
「ロベルが言うには、男はロベルと同じ力量だそうだ」
「…泣き寝入りをしろと」
「そうだ」
ハイルマンは簡潔に事実を告げていくが、短く返すのみのワルダーに内心驚いていた。
ワルダーとは長い付き合いだ。やられて黙っていろといって、簡単に聞くような男ではない。
だが、今の彼からは自分を倒した男に対する戦意を感じられないのだ。
ワルダーが口を開く。
しかし、口から出たのは怒りや不満ではなく、ハイルマンが告げた内容の確認だった。
「あの黒いのは易々とは倒せない。騎士団が手柄を奪われ赤子の手をひねるようにやられたとも言えない。わしがこの話を呑めば男と敵対する理由もない。だからわしのような無能に、街道の英雄になれと言うんですね」
最後は少し、悔しさをにじませて。
ハイルマンが答える。
「お前が無能ならば騎士団は無能の集まりだ」
「団長」
「なんだ」
「こんなにむなしい気持ちは、騎士団に入ってはじめてです」
「…すまない」
ワルダーはうなだれ、肩を落とした。
これからワルダーは街道の英雄として名を馳せ、そして英雄として扱われるたびに苦しむだろう。
それでも、騎士団を率いて王都を守護する自分にはこれしか取るべき道はないのだ。
何が貫けぬ盾だ。本当の無能は自分だ。部下一人の誇りも守ってやれない。
ハイルマンは表情一つ動かさなかった。
しかし、ワルダーから見えぬ位置で握った拳は、あまりにも強く握られている。