街道の男
略奪者の襲撃が相次ぎ、カフル街道は数日前から閉鎖されていた。
自由都市ローメリアと王都ザイルを繋ぐこの街道は、普段は商人や行きかう人々で大きな賑わいを見せる。
しかし、よく晴れた昼下がりだというのに今は一人の男の足音が響き渡るのみだった。
音の主は、見慣れない風体の男だった。
ボタンのない前合わせのゆったりした黒衣に、木片で出来た履物。
頭には日よけのためか薄汚れた白い布をかぶり、布の端からはぶどうの皮のようにつやのある黒髪がところどころはみ出ている。
少年と呼べる年齢は過ぎ、顔つきと身体つきには十分な男らしさが漂っていた。
手に持つ杖は並みの男の背丈ほどはあるが、男はさらに頭二つ分は背が高い。
杖のてっぺんには金属の輪が連なり、男が杖をつく度にシャラシャラと澄んだ音が鳴る。
荷物は懐にくくり付けてられた僅かばかりの包みのみ。
カッカッシャン、カッカッシャン。
黒衣の男は何かを目指すように、誰もいない街道をただ進む。
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「聞いたか? カフル街道に派遣された軍が全滅したって話」
「あ? カフル街道っていったら丸太食いのとこの荒くれどもだろ?略奪者ってそんなにつええのかよ。あの街道が通れねえと、いつまでもしけた酒しか飲めねえじゃねえか」
「いやそれがよ…」
ローメリアの東の端、アンプの町の酒場では日暮れの賑わいが一風変わっている。
王都ザイルとの境にあるこの町では、ハンズと呼ばれる狩人達の情報交換が盛んになるのだ。
街道を通る商人の護衛や案内、商品となる品の代行入手など、アンプの酒場ではハンズは仕事に事欠かない。
夕暮れの情報交換はハンズたちの生命線であり、これを怠るハンズは真っ先に仕事を無くしていく。
アンプの手はいつも酒で震えている、とはこのあたりのハンズを揶揄する言葉である。
ハンズとは俗称であり、『猟族協会』に所属するハンターを指す。
商業の発展目覚ましいローメリアで生まれた独自のシステムで、己の知恵と体力を売り物にするハンターはほぼ全てこの『猟族協会』に属していた。
ローメリア各地にある協会運営所には依頼が持ち込まれ、ハンズの力量によって協会から仕事が割り振られる仕組みだ。
協会によりハンズの力量や依頼の難易度が細かくランク付けされていることで、安全性と成功率を最優先した依頼遂行が可能になっている。
アンプのような土地では護衛任務が出来るがこれはむしろ珍しく、ハンズの仕事内容は山中や海中での採集や、狩猟、観光客の案内などが一般的だった。
よってほとんどのハンズは現地民が本業の合間に働いている形だが、世界を股にかけて旅をしているハンズも、存在している。
「丸太食いの隊、ケガはひでえけど誰も死んじゃいねえんだと。それでな」
「おいおい、略奪者にやられたんなら生かして返す訳がねえ。どういうことだよ。あそこはワールドライトが派遣されるって話になってなかったか?」
世界を股にかけるハンズ。
その中でも能力のあるものは、ワールドライト(世界の右手)と呼ばれハンズや民の憧れの的となっている。カフルの略奪者にはハンズも数人が犠牲になっており、ワールドライトの派遣が決まっていた。
「ソードラットだろ? ありゃ声かけたばかりだよバカ。そもそもソードラットと遣り合って死人が出ねえ訳がねえ」
「じゃあ丸太食いやったのはやっぱ略奪者か?丸太食いが怪我するなんて聞いたことねえぞ」
「最後まで聞けよ。丸太食いと一緒に、もう一人見つかったんだよ」
「誰だよそれ」
「わからねえ」
「なんだよそれ。ちゃんと教えろよ」
「わかんねえんだよ。見たなりは大人だけど、赤ん坊みてえなオツムなんだと」