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初投稿になります。色々と詰めの甘さが目立つかと思いますが、よろしくお願いします。
シュリット大陸にあるオルキア王国は、国土の広さこそ30年ほど前に成立した新興国家リーオン帝国に劣るが、その歴史は大陸一と言って良い。
建国から500年近く経つ現在に至るまでただ一つの王族によって統治され、王都スペクトラはその権威を示すかのような栄えぶり。
しかしいつの時代も同じように、光のあるところには必ず影が生まれる。王都を光とするならば、貧民街は正に影と言って良かった。
◇
この世界にはユニ◯フ的なものはないのだろうか。割と切実に。
現代日本で気ままなキャンパスライフを送っていたところを、居眠り運転の暴走トラックに命を絶たれたはずが、何の因果かファンタジー感漂う中世ヨーロッパ的な世界に生まれ変わったシエラは、数時間前に作ったばかりの墓前でそんなことを考えた。ここ最近ずっと不調を訴えていた母エリーゼが、今朝ついに亡くなってしまったのだ。
シエラがある程度物ごとを考えられるようになり、自分が転生したのだとわかるようになったのは4歳の誕生日も近づいてからのことだ。それまではたとえ約20年分の記憶を持っていようとも、それを処理するだけの機能が備わっていなかった。いわばハードがソフトに追いついていない状態だったのだ。
その頃には既に母子家庭であり、それ以前の朧な記憶の中にも父親らしき人物は見た覚えがない。エリーゼも出産してから最期まで父親のことは一切語ろうとしなかった。
アルトムでも比較的治安のマシな地域に住んでいたこの親娘は、母が皿洗いとイモの皮剥きをして得た僅かな日銭を頼りに生活していた。
シエラも思考能力が発達してからは売れそうな物を拾っては換金するということをしていたが、一ヶ月毎日換金してもせいぜいおやつ代くらいにしかならないので生活費としては論外だ。もちろん毎日換金できる物を拾えるわけでもない。
シエラに残ったのはエリーゼが貯めた僅かばかりのお金。あとは形見の髪飾りだけだった。
今あるお金はすぐに底をつくだろう。
いくら労働基準に緩いアルトムとはいえ、5歳児を雇ってくれるところなど存在しない。子どもを働かせるうんぬんの問題ではなく、単純に使い物にならないからだ。せめてあと2歳年上ならまだ探しようもあるのだが。
まして孤児を拾って面倒をみてやろうという物好きな大人など空想上の存在だ。知識として『孤児院』というものがあることは知っていたが、ここアルトムで孤児を集める大人がいるとすれば、そいつは間違いなく奴隷商人だ。
「なんだシエラ、お前まだここにいたのか?」
「ゼラム」
呆れ顔の彼はゼラムといって、孤児のグループに所属している8歳の少年だ。エリーゼを埋めるのを手伝ってくれたお人好しでもある。
そう、アルトムにも一応孤児のコミュニティは存在している。面倒をみてくれる大人はいないが、助け合う子どもたちはいるのだ。
「やっぱりシエラも俺たちのとこに来いよ。リーダーのオズはちょっと乱暴だけど良いやつだぜ。このままじゃ飢え死にするか人攫いに連れてかれるかだぞ」
「それは、そうですけど…」
足手まといは孤児のグループでも同じだ。ゼラムのいるグループだってギリギリなのだ。お人好しゼラムはこう言っているが、雇ってもらうこともスリなどで稼ぐことも出来ないタダ飯食らいをわざわざ拾いたいとは思わないだろう。
「はあ……ゼラム、孤児をあつめてめんどうみるっていってる人とかあつまりってきいたことありませんか?」
「はあ? 何だよそいつ、奴隷商人か何か?」
ああ、やっぱりそう思うんだ。
「…まあ、無理に連れてくつもりはねえけど。気が変わったらいつでも来いよな、絶対誰か一人は隠れ家にいるから」
「はい、ありがとうございます」
そう言って立ち去るゼラムを見送ったのがだいたい2時間前。
シエラは、何故あの時素直にゼラムについて行かなかったのかと、激しく後悔していた。
「チッ! あのガキちょこまかと…!」
「さすがに地の利は向こうにあるってか」
「……っ!」
細い路地をめちゃくちゃに、それでも袋小路に追い詰められるなんてミスを犯さないように走り続ける。
追ってきている男は二人組で、口ぶりからしてアルトムの人間ではない。外の人間が何をしに来たというのか。
…いや、わかっている。恐らくは奴隷狩りだ。
外からアルトムに来た人間はともかく、シエラやゼラムのようなアルトムで生まれた人間には戸籍が存在しない。奴隷商人たちの格好の餌食というわけだ。
「あぁもう面倒臭ぇ! “風魔法”!!」
「っ!?」
「あっ馬鹿!」
魔法。魔法だ。
あの男、魔法を使ってきた!
ファンタジー感漂う、と言ったのはここに起因する。
この世界には、魔法が存在するのだ。
とはいえ誰でもぽんぽん使えるわけではない。シエラはアルトムに来る前は学者だったという翁が一度だけ使った下級の火魔法しか見たことがないし、たぶんアルトムで魔法が使えたのは翁だけだった。その翁も去年病で亡くなっている。
翁が言うには貴族は魔法適正がある者が多い上に、魔法を使える人材を雇うことが多いらしいが、あの男も貴族か貴族の使いなのだろうか。だとしたら、貴族というのはろくでもない。
しかし幸いなことに、風魔法を使った男はあまり頭は良くないらしい。ごちゃごちゃといろんな物が積み上げられて放置された路地で風魔法なんて使えば結果は目に見えている。
案の定崩れたあれやこれで足止めを食らったらしい男たちの怒声を背に受けながら、ひたすら走った。
このまま逃げていたら捕まる。しかし隠れるにしてもどこに? アルトムには追われる子どもを庇ってやろうという殊勝な大人はいない、というかむしろ厄介ごとはごめんだと突き出されるに決まっているし、ゼラムたちのグループに逃げ込んでもまとめて狩られてお終いだ。奴隷商人の案内人になるつもりはない。
「っんむ!?」
「しーっ。ちょっとジッとしてろ。…隠蔽魔法」
突然横道から伸びてきた手が、シエラの体を引っ張り込んだ。
咄嗟に叫びそうになるとフードを被った男は手でシエラの口を塞ぎ、ぎゅっと壁と体の間に挟んだ。
「クソッあのガキどこ行きやがった!?」
「!」
そうこうするうちに男たちが追いついてしまった。男の目がシエラとフード男の方を向き、シエラは見つかったと身を震わせる。
「居ねえな、逃げたか……お前があんなとこで風魔法なんか使うから…」
「わっ悪かったって言ってんだろ!」
「…?」
どういうことだろうか。男たちの方からもシエラの姿は見えているはずだ。
しかし本当にわかっていないようで、男たちは諦めてその場を立ち去ってしまった。
「…よし、もう大丈夫」
「むむ…」
「あ、悪い」
フード男がパッと体を離した。
見たところ、エリーゼくらいの若い男だ。フードを深く被っているが、背の低いシエラには男の褐色の髪と緑の目がしっかり見えていた。
「…さっきの、まほうですか? すごいですね、あの人たち、私が見えていないようでした」
「ん、ちょっとな。光魔法と闇魔法が使えれば誰でもできる中級魔法だよ」
「そうなんですか」
「そうそう。スペクトラじゃ中級魔法使いなんて珍しくもねぇから」
…実際には中級は中級でも、混成魔法の才能が必要なほとんど上級寄りの魔法なのだが、魔法初心者のシエラはスペクトラにはやっぱり凄い魔法使いがたくさんいるんだろうなと思った。
「先ほどは、あぶないところをたすけてくださりありがとうございました」
「…ああ、うん。何か歳のわりにしっかりしてんな、誰かさんを思い出しそう。何歳?」
「5さいです」
「そうか5歳か…」
「最近の子ってみんなこうなのか?」と悩んでいるフード男には申し訳ないが、シエラは成人女性の記憶持ちのエセ5歳児だ。前世の人格と今世の人格は別ものとして認識しているが、妙にませたお子様だということは自覚している。
「ところで、聞きたいことがあるんだけど。青い髪と目をしたエリーゼって名前の女性を知ってるか? たぶんお前くらいの子どもがいると思……何で後ずさり?」
「…アルトムで、人をさがしている人は、うらみがある人か、さっきの人たちみたいな人さらいなんですよ…?」
「はっ? いやっちょ、待て待て待て!! 誤解! 誤解だからな!? オレの話を聞け!」
じりじりと後ずさるシエラは、何も本気でこのフード男が人攫いだと考えているわけではない。
ただ、この男の言うエリーゼは間違いなく今朝亡くなった母のことだし、シエラくらいの子どもというのはシエラのことだ。
スペクトラの魔法使いが訪ねてきたのだ、厄介ごとの気配しかしない。助けてくれた男には感謝しているが、それとこれとは別問題だ。
シエラは脱兎のごとく逃げ出した。
「ごめんなさいっ!!」
「頼むから待っ…、…あ?」
「あっ!」
制止しようと伸ばされた男の手。それは不幸にもシエラのフードを掴んだ。
ズレたフードの隙間からばさりと溢れる銀髪に、二人の時が停止する。
やがてぎこちない声で、フード男が呟いた。
「………王女殿下…?」
どういうことだ。
呼んでくださりありがとうございます。