■後 編
それは、イツキにデートに誘われる数日前のことだった。
あれからもちゃんと続いていたイツキからの新作恋物語の原稿を、ミコトは
自室でひとり嬉しそうに眺めていた。 机に肘をつき前のめりになって、
相変わらず甘酸っぱくて歯がゆい物語を読み耽る。
(ほんとにスゴイよなぁ~・・・ カノウの文才・・・。)
愛おしそうに指先でそっと、原稿のやさしい8Bの鉛色文字を撫でた。
大切に大切にありったけの愛情を込めるように、何往復も何往復も。
すると、なんだか物語とは無関係の筆圧の跡を指先に感じた気がした。
『ん??』
もう一度それを確かめるように、指先で用紙の表面を撫でる。 『ん???』
思わず原稿を掴み、目の高さに上げて机端のデスクライトに透かすように目を
凝らした。
確かに文章とは関係ないなにかが、結構な筆圧をそこに残している。
なんだか無性に気になったミコト。 原稿をひっくり返し真っ白な裏面に目を
落とすと、好奇心が抑えられずおもむろにペンケースからシャープペンシルを
取り出し握ると、薄く薄く塗りつぶす様に原稿裏面に色を付けていった。
するとそこには、デートに誘う日付や、それを切り出す場所そしてタイミング。
デート当日の行程やら予約した店やら、イツキのパーフェクトデートプランが
しっかり反転文字で浮き出されて現れた。
イツキは恋物語を書きながらも頭の中は初デートのことでいっぱいで、プランを
書き記すメモ用紙を原稿用紙の上に乗せて、かなりの筆圧で無我夢中で計画立て
ていたのだった。
それに一切気付いていないイツキと、バッチリ気付いてしまったミコト。
呆れ果ててミコトは自室でひとり、声を上げてケラケラ笑っていた。
イツキが愛おしすぎて、恋しすぎて、涙目になってケラケラ笑っていた。
イチョウが有名なお寺の大樹の前で、ふたりは向かい合って立ち竦む。
少し離れた所で観光客の声が響いているが、少し陰になった場所にあるこの
大イチョウは俗に言う ”穴場スポット ”で、ここまで人はやって来なかった。
(誰か来てくれればいいのに・・・。)
大イチョウの前でのキス計画も、勿論知っていたミコト。
しかしミコトにも、”初キス ”は思い描くシチュエーションがあった。
それだけはどうしても譲れないシチュエーションが。
(ごめん・・・
・・・キスは、もう少し待って・・・
誕生日に・・・
3か月後のカノウの誕生日に、アタシから、したいから・・・。)
ミコトの手の甲に唇を押し付けてしまった完全に不完全燃焼のキスに、
イツキは不満気に口を尖らせ眉根をひそめた。
『まだダメっ!!』
笑いを堪えるミコトに、『えぇぇ・・・。』 駄々を捏ねるこどものように
イツキは肩を落としシュンと拗ねる。 まるで ”なんで?なんで? ”とでも
詰め寄って来そうな程に、堪え性のないスニーカーの爪先が砂利を踏み付ける。
(まったく、もぉ・・・。)
愛しくてもうしょうがなくて、ミコトはイツキの手をぎゅっと握った。
結局今日一度も繋いでくれなかった、イツキの大きくて不器用なその手。
『ねぇ。 今度、下敷きプレゼントしてあげるよ。』
ミコトの謎のひと言に、『え??』 イツキは首を傾げる。
『大事なもの書くときは、下敷き当てた方がいいわよ。』
尚も意味が分からないイツキは、絵に描いたようなポカン顔をしてキョトンと
ミコトを見つめている。
(んもぉぉぉおおおおおおお・・・。)
それを見ていたら胸がきゅぅんと締め付けられて我慢が出来なくなったミコト。
そっとイツキの肩に手を置いて爪先立ちになると、そのポカン顔の頬にチュっと
短くキスをした。
『これが、ほんとの ”サプライズ ”よ・・・。』 そう照れくさそうに呟くと、
ミコトは可笑しくて仕方なさそうにケラケラ笑い出した。
『tree先生は、バカでしょーがないわねぇ~・・・。』
更に声を上げてケラケラ愉しそうにひとり笑い続ける。
『な、なんだよ・・・ どーゆー意味・・・?』
イツキは頬に手を当て本当はちょっと物足りないその感触に照れまくりながらも
ミコトの謎の言葉の意味を考えあぐねる。
『でもね、 そーゆートコが大っ好き!!』 眩しそうに目を細め微笑んで、
ミコトは繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
(大好きだよ・・・。)
『ぉ、おぉ・・・』 最大限照れまくってイツキはポリポリとコメカミを掻く。
やっと内出血が治まったそこが、また赤く滲みそうで。
『そろそろ帰るか。』
橙色に染まる夕暮れの大イチョウの前で、ふたり微笑み合う。
繋いだ手を大きく前に後ろに揺らして、ふたりでケラケラ笑いながら歩く
帰り道。
『洗濯ちゃんと間に合って良かったね?』
ミコトから再び出た謎のワードに、『なにが??』 イツキは尚もポカン顔。
『ううん、別に。』 ミコトのクスクス笑う幸せそうな声が、秋の高い夕空に
吸い込まれて消えた。
【おわり】
これにて【人知れず、8Bのペン先で綴る君の名を】シリーズは終了です。 お目汚し失礼いたしました。 読んで頂いて本当に有難うございました。 新作【虹色の指先で、まばゆい午後の陽に】もどうぞご一読いただければ幸いです。




