■前 編
それは、完璧なはずだった。
明日、ミコトとはじめて休日に待ち合わせをする。
そう、それは非モテ男子の憧れ、恋い焦がれてやまない ”アレ ”だ。
ディー、エー、ティー、イー・・・ デート。
そう、”デート ”というやつだ。
(オレにも遂に、夢にまで見たその日がやってきた・・・。)
ミコトをデートに誘った日のことは、今でも忘れない。
それはやっと気持ちを打ち明けてすぐ、付き合い始めてすぐのこと。
デートに誘う話をする日もしっかり事前に決めていた。 カレンダーに赤ペンで
何重にもグルグルと丸を付けてカウントダウン、且つ心の準備も完璧だった。
ふたり並んで歩く帰り道で、互いの家へと別れる分岐点でおもむろに立ち止まる。
この場所で ”それ”を切り出す計画だったのだ。
・・・が、しかし。
中々切り出せず、暫くコメカミをぽりぽり掻き続け、イツキのコメカミはもう
血でも流れそうに真っ赤に内出血して滲んでいた。
なんだかミコトは必死に笑いを堪えるような面持ちで、小首を傾げてイツキを
覗き込んでくる。
そして半笑いで、『ん?? どーしたのよっ??』 大きな目をクリクリと
させ見つめてくるミコト。
(なんだよ・・・
そうゆうの、反則技だろ・・・
上目遣い、とか。 もぉ・・・
・・・か、可愛いすぎるじゃねぇか・・・。)
『あっ、 ぁのさ・・・。』
第一声、思い切り声が裏返った。
1オクターブは高い、その第一声ソプラノボイス 『あっ』
しかし、ここで躓いては先に進めない。 己のファルセットなど無視して続ける。
『こ、今度の休み・・・
・・・ど、どどどどど・・・ どどどどど・・・。』
『ドドド??』 ミコトが思い切り顔を綻ばせ笑う。 『なに? ジョジョ?』
『いや、 そーじゃなくて・・・
・・・ど、どっか、 行かね・・・? ふたりで・・・。』
ミコトの揶揄など完全スルーして涙目で言い切り、満足気に達成感に酔いしれる
イツキに、ミコトは笑顔で即答した。
『ぅんっ! デートしようっ!!』
そして、なんだか愉しそうに幸せそうにミコトはケラケラといつまでも笑い続け
ていた。
デートプランは完璧だった。
数日かけて調べに調べ上げていた。
まずは本屋へ駆け込んで高校生でも電車で行ける範囲の観光地のガイド本を
探した。 思っていたより意外に行けそうな候補地が多い。 街ブラも良し、
グルメ目的も有りだ。 遊園地なんてのもいいかもしれない。 見晴らしが
いい公園でのんびりピクニック気分なんてのも最高かもと、ニヤけるだけ
ニヤけ一向に候補地は絞り切れずに気付けば本屋に来てから5時間経過して
いた。 脚が棒のようにバキバキになりそりゃ痛いはずだとひとり苦笑した。
結局、財布との相談により電車で30分で行ける隣街で、ランチでもしてブラ
ブラしようかと、ランチ特集のグルメガイドブックを購入すると、再び慌てて
自宅へ戻る。 自室に駆け込みPCを立ち上げ、買ったばかりの本を片手に、
次はランチ候補店のネットクチコミ評判を血眼になって調べる。
『グルメ本の情報だけに踊らされる訳にはいかねぇ・・・。』
ブツブツひとり呟きながら、ネットの情報だって信憑性は不確かなのに、
とにかく少しでも多くの情報を入手するのに必死なイツキ。
ガイドブックのチェックした店にはカラフルな付箋がびっしり貼られていた。
いくら下準備をしてもしても、まだ足りない気がしていた。
(完璧な初デートにしなきゃ・・・。)
10時に駅前で待ち合わせをし、電車に乗って隣街まで行く。
ほんのり紅葉が色付くこの季節。 電車は先頭車両に乗りこんで右側を陣取
れば車窓から河川敷の暖色の絨毯のようなイチョウ並木が見渡せるはずだ。
『 ”コッチの方が見えんじゃね? ”とかゆって、
背中に・・・ 手、とか 当てたりなんか、しちゃったりして・・・。』
背中をそっと押す動作を再現し、ミコトをベストビューポイントに促すシミュ
レーションもしてみる。 自室の真ん中でひとり立ち尽くし、目を瞑って手の
平を妄想の中のミコトの背中にやさしく当てた。
『か、かかか肩を抱くのは・・・
電車の中では・・・ アレ、だよな、 さすがに・・・。』
ひとりごちて、ひとりで照れまくってエヘヘとだらしなく頬を緩める。
『まだ早いまだ早い』とブツブツ繰り返しながら、ミコトの背中のどこら辺に
手を当てたらいいか、 ”エア背中 ”に向け真剣に手の平の角度を微調整した。
ランチの店は勿論事前に予約をし、お洒落なテラス席をキープしていた。
”女子が行きたいランチカフェ特集 ”の堂々1位を獲得したその店。
ミコトの目を輝かせるには申し分ないそれに、イツキの目尻は下がるばかり。
ランチの後は有名な観光地をのんびり散歩し、丁度休憩したくなる15時頃に
お茶をする古民家風カフェもチェックした。
『やっぱ、女子はパンケーキだろ・・・。』
ランチの3時間後にフルーツたっぷり3段ふわふわパンケーキ、しかもご丁寧に
生クリームがエベレスト級のそれを食べる腹の余裕などあるのか若干の不安は
よぎったものの、”甘いものは別腹 ”という常套句を鵜呑みにしそのカフェにも
予約を入れた。 カップルで行列が出来るそこに、さらり涼しい顔をしてミコト
をスマートにエスコートする自分を想像し、自分で自分にうっとり目を細める。
逆算して考えると、18時には地元に戻る為には17時過ぎにはそこを出なけれ
ばならない。
パンケーキの後の2時間弱。ここからが勝負だった。
景色のいい所を巡りたい。
手を繋いで寄り添って歩きたい。
他愛もない話をして、笑い合いたい。
そして、このデートの盛り上がりのピーク。
紅葉が有名なお寺のひっそり佇む大イチョウの大樹の前で、秋の橙色の夕暮れ
の中ミコトとはじめてのキスがしたい。
『キ、キキキキキ・・・。』
妄想するだけで、もうパニックになり心臓が狂ったようにバクバク早打つ。
『サエジマが樹に背中つけて寄り掛かったら・・・
ォ、オレが・・・ ”樹ドン ”して・・・ んで、近付いて・・・
で。 で、どうする・・・?
なんかゆうの?こうゆう時・・・
甘い言葉、とか囁くもん・・・?
つか、どんなのが ”甘い ”の・・・?
え、えぇぇぇ・・・ どうしよどうしよ・・・。』
慌てて再びPCに齧り付き ”甘い言葉 ”でGoogle検索をかける。
検索結果トップに表示されたそれを、ディスプレイに鼻先がくっ付くほど近付
いて注視する。
『 ”お前のことは俺が守る ”・・・
いや、別に・・・ 誰にも命とか狙われてねぇし・・・。
”お前がいなきゃ俺はダメだ ”・・・
・・・なんか、弱っちくねぇか・・・?
”お前に出会えて良かった ”・・・
ん、まぁそうだけど・・・ 死に別れる訳じゃねぇしな・・・。
なんか、ピンとこねぇな・・・。』
”甘い言葉 ”に関してはちょっと保留にして、最重要課題の”キス ”に
思いを馳せる。
なんせ生まれてはじめてのキス。 今後一生つきまとう大切な、それ。
『歯ぁ、磨いておきたいなぁ・・・。』
歯磨きのチャンスタイムがあるのか否か不明だが、当日カバンの中に念の為
携帯用の歯磨きセットを忍ばせておこうと、イツキはおもむろに自室を飛び
出して洗面所の棚から旅行用のそれを満足気に取り出し、再び自室へ騒々しく
駆け戻った。
しかし、冷静に考えてやはり現実的に歯磨きのポイントがあるかは疑わしい。
『ミントタブレット買っとこう・・・。』
買い物リストにミントタブレットも加え、ふと何かが頭をかすめ指先でそっと
唇に触れる。 そして更にリストに書き足した。 ”リップクリーム ”
『ガサガサは、マズいだろ・・・。』
次は、当日着ていく洋服を考えあぐねる。
ランチやらカフェやら交通費でそこそこ小遣いは消えて無くなる。
新調する予算はどう考えても無さそうだった。
騒々しくタンスの引出しを次々開けては小首を傾げる。 あまり気合が入った
格好は恥ずかしい。 かと言って気の抜けた感じではミコトに失礼な気がする。
結局、お気に入りのアバクロのTシャツを取り出し、よそ行きのとっておき
ダメージジーンズも引っ張り出した。 押入れの中の突っ張り棒に引っ掛けて
ある上着をハンガーからはずしベッドの上に一式広げると、取り敢えず当日の
ワードローブはなんとか目途が付いた。
『ぁ。 Tシャツは直前に、もいっかい洗濯しとっか・・・。』
洗濯と乾燥のタイミングも熟慮して、”行程表 ”にそれを書き込みひとり
頷いた。 イツキのひとり言は延々夜更けまでやむことがなかった。