こんなことになるなんて聞いてない (side湊)▲
その日は、いつもと変わらない一日になるはずだった。
本来ならば俺も生徒会として部長会議に参加しなければならなかったのだが、真咲に「お前がいるとみんなが集中できないから」という理由で、今日は一人で昼休みを過ごしていた。
生徒会室でお昼ご飯を食べることもあるけれども、大体は教室で真咲とご飯を食べるが多い。
人に聞かれたくない話がある時だけ生徒会室で、それ以外の時は教室という感じだ。
唯花のために作ったお弁当の残りをさっさと食べて、午前中に出た課題を昼休みの間に片付けてしまうことにする。
数学の課題はぱっと見ただけで分かったけれど、それを答えとして計算式をノートに記入しないといけないのが面倒だ。
量も結構多くて課題に集中していると、バタバタと人が走る音が聞こえてきて、閉じていた教室のドアがバンっと開いた。
その音に驚いてパッと顔を上げると、走ってきた人物と目が合った。
「三枝、教室にいて、良かった、あのな、そこの階段に、唯花ちゃんが落ちたらしくて、騒ぎになってる」
その言葉を理解した瞬間、唯花の所に行くために教室を飛び出した。
聞き間違いだと思いたい。それか、落ちたといっても足を挫いて歩けない程度の怪我であってほしい。
そう願いながら廊下を走り階段に向かうと、人だかりができていて、その中心には横たわっている唯花の姿が見えた瞬間、血の気が引いた。
「唯花!!」
横たわっている唯花の状態を確認したくて近づいたけれど、それは誰かの手に制止された。
「三枝、気持ちは分かるが頭を打っている可能性もあるから、あまり動かさない方が良い」
言うことは尤もだけれど、確認しないのはすごく怖かった。
「唯花」
手を握ったらひんやりしていたけれど、温かさはあって、少しだけ安心した。
9月の終わりだからか、廊下は少し寒くて、足元には背広が掛けてあったけれど、俺もブレザーを脱いで唯花の上に掛けた。
そこでようやく唯花の近くにいる人が唯花の担任の木村先生であることを認識した。
「救急車は呼んでるんですか?」
というか呼んでなかったら教師をやめた方がいいレベルで無能だけれども。
「あぁ。もうすぐ来ると思う。俺が付きそうから、お前は午後の授業に出ろよ」
午後の授業など受けている場合ではない。
「俺も救急車に乗ります」
「お前は家族とはいえ未成年だろう。病院が決まったら連絡するから、お前はタクシーで来い」
そんな子供扱いしないでほしい。大切な人が傷ついているのに、自分がその時に関われないなんて。
「嫌です」
「駄目だ」
瞬時に駄目だと断られた。唇を噛みしめてどう説得しようか考えていると、「唯花!!」と叫ぶ美琴ちゃんの声が聞こえてきた。
俺と同じように唯花に近寄って、先生に止められている。
「誰が唯花にこんなことしたんですか?」
先生を問い詰める美琴ちゃんを見て、確かにどうしてこうなったのかを聞き忘れていたことに気がついた。
「分からない」
つまり、先生は見ていたわけではなく、誰かに呼ばれてここにいる、ということか。
「目撃証言とかないんですか?」
「何人かの生徒は三枝が勝手に転んだって言ってたぞ。本人に話を聞いてみないと分からないが、三枝が自分で転んだんじゃないか?」
その先生の言葉に、美琴ちゃんはバンっと廊下の壁を叩いた。
「そんなわけない。そんなわけ、ないじゃない」
理由を聞きたかったけれど、救急車のサイレンの音が近づいてきていて、昼休みが終わるチャイムの音も聞こえてきた。
「ほら、昼休みは終わったから、教室に戻れ」
その先生の声に反応して人がいなくなる前に、廊下にいた人の顔を覚えることにする。
いつか話を聞くときに役立つかもしれないから。
「じゃあ病院決まったら静岡に連絡するから」
そう言って先生と唯花は救急車に乗ってしまい、廊下には俺と美琴ちゃんだけが残された。