守るべきものが出来た時の為に武術を習っていた方がいいなんて聞いてない。(side 湊)
「はぁぁ」
机に突っ伏した。机の冷たさが、心地よい。固いけど。
「どうしたんだよ、お前が元気がないなんて珍しいな。水曜日だから疲れているのか?いや、お前に水曜日だから疲れる、という概念があるのか……?」
真咲は一体俺のことをなんだと思っているのだろう。
「あるよ、それくらい。いや、でも今日は別に水曜日だから疲れてるとかじゃなくて」
「じゃあ何で溜め息吐いたんだよ。妹の可愛さに目覚めて今が一番幸せな時なんじゃないのか?」
まぁ、確かに幸せなんだけど。
「いや、それが、唯花に趣味を聞かれた時に答えられなくて、そう言えば自分って趣味がないなぁと思ったらなんてつまらない人間なんだろうって思って、落ち込んだ」
「あー。勉強が趣味とかじゃないのか?」
確かに勉強は好きだ。知らなかったことを知ったりするのはとても面白い。
けれど、それが趣味かと聞かれれば、違うような気がした。
「ちょっと違うかなって思って。それで、いろいろな部活を覗いてみたんだけど、どれもいまいちぴんと来ないというか」
どれも違うなぁと思った。というか、唯花と一緒にいること以上に楽しいというか興味を惹かれることがもはやない。
ずっと楽しいと思っていた知識を得ることさえ、劣る。
「あぁ。それで昨日剣道部来たんだ」
真咲は昔から剣道を習っていて、高校でも剣道部に入り、入部早々張り切っていた。
「いっそのこと、唯花と同じ美術部に入ろうかなー。部活に入らないと体験入部した他の部活の勧誘断り辛いし……」
絵を描くのもそれはそれで楽しいし。うちの学校の美術の先生は有名な先生らしいから、為になるかもしれない。
そう言うと、真咲は少し考え込んだあと、俺の方をがしっと掴んで顔をを合わせ、
「いや、湊。剣道部だ。剣道部に入ろう」
と真剣な眼差しで言った。
「え、いや、いくら真咲がいるとはいえ、拘束時間の長い剣道部はちょっと」
そう真剣に言われたとしても、唯花と一緒に居られる時間が減るような部活は嫌だった。
「湊、お前は運動神経が良いから、もし襲われたとしてもそこら辺の奴になら大体勝てると思うよ。でも、武術の経験者には、武術を経験していないお前は、勝てない」
確かに、勝つのは厳しいかもしれない。
「うん。まぁ、そうだね。けれど、負けることもないと思うよ」
逃げ切る事くらいは出来る。
「確かにお前だけなら、武術の経験者相手でも逃げられるかもしれない。けど、もし唯花ちゃんと一緒の時に襲わて、唯花ちゃんを守れなかったら?」
はっ……!その時のことを考慮していなかった……!そうか、これが守るべきものが出来たものの心境……。
「そうならないために、お前は剣道を習うべきだと思うよ」
そう染み染みと真咲は言うが、一つ疑問点があった。
「いや、でもそれなら柔道とかの方がいいんじゃないか?」
竹刀が必要な剣道よりは、柔道の方が良いと思う。
「甘いな、湊。言っとくけどな、剣道が一番強いんだぞ!他の剣道の有段者を相手にする場合、他の格闘技はその3倍の段を持っていないと対等に渡り合えないという説があるくらいなんだからな!」
「知らなかった……」
それなら確かに、剣道が良いかもしれない。
「それに、文系の中学生は大体剣道が好きだ!つまり、美術部であるところの唯花ちゃんもきっと剣道が好きだと思うよ!!」
「そ、そうなの?」
よく分からないけれど、真咲がそう言うのならそうなのだろう。
「よし!」
「お、入ってくれる気になったか?そして俺をインターハイへ連れて行ってくれ」
「とりあえず唯花に聞いてみる」
俺がそう言うと、ガクッと真咲は膝をついた。
「……あぁ。そうしてくれたまえ。ついでに昨日お前が袴を着ている写真撮っておいたから、それを送るといいよ」
そういえば確かに昨日袴の写真を撮ってたな。
「そうなの?」
「あぁ。俺の仮説が正しければ、多分お前、やる気になるぜ」