こんな試写会になるなんて聞いてない 1/2
八月の下旬。部活も夏期講習もない今日は、なんとお兄ちゃんと映画を見に行くのだ。
そして私は、お兄ちゃんが準備ができるよりも早く玄関で待つくらい、浮き足立っている。
「ごめん唯花。待たせたね」
スマホ片手にTwitterを開いていても、全然その内容が頭の中に入ってこないくらいに。
「大丈夫。時間も全然余裕だし……。というか、私の準備が早すぎた、かな」
返事をしながらよく時計を見たら、かなり映画までの時間があることに気がついた。お兄ちゃんが遅いのではなく、私が早すぎたのである。
なぜそんなに浮かれているのかというと、今日の映画は一ノ瀬空先生脚本の完全オリジナル映画の関係者試写会に行ける上に、なんとその舞台挨拶で一ノ瀬空先生が出演されるからだ。一ノ瀬空先生の姿を拝見できることだけでも光栄なのに、さらにその秘話まで聞けるとなると、それはもう。
浮き足立つしかないのである。
あーでもちょっとやっぱり準備するの早すぎたかなー。でも電車止まったりするしなー。不慮の出来事が起こって遅れたりしたら困るしなー。
「時間も全然余裕だけど、待ちきれないって顔してるから、もう行こうか」
そんな気持ちを読んだかの様に、お兄ちゃんが爽やかに少し笑いながら言うものだから、他の人から見ても、相当私は浮き足立っているのだと思う。
お昼の日差しはまだまだ強くて、暑いなぁと思いながら駅まで歩く。タクシーで行く?とも聞かれたけれど、それはあまりにも早く会場に到着する事になってしまうし、そもそもお金が勿体ないので、普通に電車を乗り継いで行くことにした。
電車は少しだけ遅れているみたいではあったが、このままの調子で行ければ、少し早かったかな、くらいで会場に着きそうだった。
「そんなに嬉しそうな顔をしてもらえるなら、誘って良かったよ」
電車に乗りながら流れゆく景色を見ている時でさえ、嬉しそうな顔をしてしまっているらしい。自分でも分かる。表情がゆるみっぱないしで仕方ない。
「ほんっっとに嬉しい。誘ってくれてありがとう」
そもそも、どうしてそんな関係者試写会などというレアイベントに行けるのかというと、お父さんの仕事の関係でいろいろな招待状や品物が我が家には届くからなのであった。
それをお父さんに報告した上で、普段はお兄ちゃんがいるとかいらないとか分別しているのだが、先日届いた荷物の中にこの映画の完成披露試写会の招待状が届いており、そう言えば唯花ってこの人の作品好きだったよね、というお兄ちゃんの一言により、今回お兄ちゃんと一緒に見に行くことになったのであった。
チケットが二枚しかないらしく、流石にお父さんの知り合いから頂いたというその招待状をお兄ちゃん無しで行くのは怖すぎるため、美琴が来ることが出来なかったのは本当に残念である。
その話をした際、一ノ瀬空先生が話された内容はお兄ちゃんの頭脳を使ってでも全部報告するからね!と約束したので、お兄ちゃんにはどこかのタイミングを見計らって御願いしなければならない。
うーん。お兄ちゃんの頭脳を利用するみたいでちょっと言いづらいな。いやでも、美琴も私に負けないくらい一ノ瀬空先生のこと好きだから、気持ち分かるし。
「あ、そういえば美琴ちゃんから、今日の一ノ瀬空先生の話の文字興し、御願いしますねってメール来てたからさ、唯花も手伝ってもらえると助かるな。先生の表情とか、ニュアンスとか、そう言うの俺はよくわからないと思うから、付け足してもらえると美琴ちゃんも喜ぶと思って」
さ、流石美琴さん。お兄ちゃんにそんなメール送れるの美琴さんくらいしかいないと思いますよ。
勿論了承して、その後はあの美琴でさえ熱中してしまう一ノ瀬空先生がどんなにすばらしい作家なのかを、軽く話しつつ、お兄ちゃんに案内されるがままについて行くと、無事に時間前に会場に辿りつくことが出来た。
チケットの手続きとか、お父さんの知り合いらしい人に話しかけられた時の対応とかも全部お兄ちゃん主導で終わり、会場の椅子に座った時には何とも言えない疲労感に包まれていた。
いやまだ本番はこれからなのだけれど、如何せんお父さんの知り合いらしき人との挨拶に疲れた。恐らく半分以上はお兄ちゃんの隠しきれないオーラの所為でもあるのだろうけれども。
お兄ちゃんはただでさえ目立つのに、その上お父さんの息子さんだと分かったら声をかけずにはいられないんだろう。
「唯花、疲れた?大丈夫?」
私以上に人と話して疲れているだろうに、そんな素振りを全くお兄ちゃんは見せてなくて、お兄ちゃんって凄いなぁと今まで何十回も思ってきたけれども、改めて思ってしまった。そして同時に申し訳なく思った。今回は私の為に不必要に挨拶をすることになってしまったのだから。
他にもこういうレアな試写会があったら来たいなと、会場に着く前には思っていたけれど、やっぱり普通に見ることにする。
「ちょっと疲れたけど、全然大丈夫。お兄ちゃんの方が疲れたんじゃない?」
「まぁ、こうなるだろうなぁとは思ってたし、慣れてるから全然平気」
お父さんの仕事関係で一緒に出かけているみたいだし、それにきっとお兄ちゃんにとってはこれが日常なのだろうと思う。学校でも、どこでも。
きっと大変なんだろうなぁ。お兄ちゃんのおまけで注目されてるくらいで私なんて大変だもん。
今日なんて、私に招待チケットが届いているなんて言わなければ普通にゆったりした一日をお兄ちゃんは過ごせたわけで。
そう思ったらしっかりとしたお礼を改めて言うべきだな、と思った。
「分かってたのに、誘ってくれてありがとう」
家を出る前にも言ったから、まだ浮き足立っていると思われたかな、とちらりとお兄ちゃんの方を見ると、分かっているというようにうなづいて、
「どういたしまして」
と優しく微笑んでくれたその時、周りのざわめきがより一層強くなったのは、多分気のせいじゃなかったと思う。
一年ぶりに小説を書いたのでいろいろ大目に見てください…!
試写会編は近いうちにまた更新します。




