傘を失くしたと聞いていました。
お兄ちゃんがインターハイへ旅立ったその日、つまり一日遅れで湊様ファンクラブでは公式に山口さんとお兄ちゃんが別れたことが掲載された。
学校に登校した山口さんは、涙ながらに「今でも湊様のことはお慕いしております」と語ったこと以外口をつぐんでいるそうだ。
渦中のお兄ちゃんはインターハイでいなかったこともあり、段々学校は以前と同じ様な空気になってきた。
しかしここでの以前は、お兄ちゃんと山口さんが付き合う前を差す。
なので学校中の女子は、インターハイでベスト8、個人では二連覇したお兄ちゃんが戻ってきたときにアピールできるようにおしゃれに、そして男子は落ち込む山口さんにアピールするためにおしゃれに。多分今うちの学校の生徒は日本一おしゃれだと思う。
けれども、私の周りには相変わらずお兄ちゃんの好みを取材しにくる女子と、お兄ちゃん宛の手紙が否応なしにやってくるのだった。
「今思うと、お兄ちゃんに彼女がいるって、平和なことだったんだなって」
お兄ちゃんのいない最後の夜なので、今日は駅前の喫茶店で美琴と夕食会である。パスタが美味しいと評判のお店なので私はトマト系のパスタを頼み、美琴はカルボナーラを頼んでいた。
「そうね。あたしもそう思うわ。学校中が浮き足立ってて正直鬱陶しいわよね。そういえば彼女とお別れしたお兄さんは元気なの?」
パスタをくるくるしながら元気かと聞かれましても。
「う、うーん。別に元気そうだよ」
というか、毎日掛かってくるお兄ちゃんからの電話の声は元気そうなので、元気なことは間違いないと思う。でも早く家に帰りたいとか、私に会いたいとか、ホームシックに掛かっているみたいではあるけど。
「ふーん。いよいよ明日帰ってくるのね。去年あんたが慌てて夕飯を何にするか電話を掛けてきた日のことを思い出すわ。というか、明日の夕飯今年は考えてあるんでしょうね?」
私も去年のことは忘れられないし、今年もお兄ちゃんTwitterのトレンド入りおめでとうございます。
「まぁ今年もお寿司でいいかなぁと思っていたんだけど、今週末に親が二人ともお兄ちゃんのお祝いするために帰ってくるから、お祝いはそのときにして当日は適当な夕飯でいいよーって言われちゃったので、明日の夜はハンバーグを作ることにしました」
なんか、こう私だけかもしれないけれど、ハンバーグって特別な感じがするんだよね。
「良いわね。ハンバーグ。あたしも今度お母さんにリクエストしようかな」
そんな話から今日の部活の話とか、昨日見たアニメの最新話の話とか、パスタが一口消えるたびにいろんな話に移り変わっていって。
「あっそういえば湊さんもうすぐ誕生日じゃない?」
食後のコーヒーも呑み終わりそうで、そろそろ家に帰ろうかと言う頃、美琴がどうしてこんな大事な議題を忘れていたんだろうと言わんばかりにそう言った。
「いやー。流石湊様ファンクラブの掲示板を読んでいるだけあって詳しいね」
きっと掲示板でもさぞかし盛り上がっているんだろうなぁ。思いつかなかったら頼ろうかとも思っていたけれども。
「まぁねーじゃなくて。プレゼントどうするの?相談に乗ってあげよっか」
ふっふっふ。いつもの私だったら美琴を頼ろうと思っていたけれども、今日の私は違うのだ。
「それがね、この間お兄ちゃんが折り畳み傘を無くしてしまったという耳寄りな情報を入手してしまったので、今年は折りたたみ傘をプレゼントすることにしたんだ」
事前にネット通販で良さそうな傘を、お兄ちゃんがインターハイで留守の間に届くようにきちんと手配しておいたのである。というか、ちゃんと昨日届いた。
「唯花が、唯花がそんな先のことまで一人できちんと考えているなんて……。明日は雨が降るんじゃないかしら」
そんな軽口を叩かれながら、会計を済ませて外に出ると、店には行る前は晴れていたというのに雨がザーザー降っていて。
「明日じゃなくて、今日だったか」
ぽつりとそう言い逃げして、傘を買いに近くのコンビニまで走り出した美琴を私も走って追いかける。
もちろん私の足の速さでは美琴に追いつかないのだけれども、こんな些細なことがとても楽しかった。
折り畳み傘が戻ってきていたことを知らない唯花。
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次回はなんと湊と唯花の話です。