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そんなにお兄ちゃん第一主義だなんて、聞いてない!

お兄ちゃんが、山口さんと別れたというニュースが学校中を駆けめぐったのは、インターハイ前日のことだった。


駆けめぐる数日前から湊様ファンクラブでは不仲説が流れていたらしいけれども、それは単に喧嘩したのではないかという見解が強かっただけに、そのニュースの衝撃は学校中を揺るがすものだった。


とはいえ、登校したばかりの私にとっては初耳だし、テレビのニュースで報道陣に囲まれている人並みに囲まれたとしても全然事情を知らないので困る。


「いや、ちょっと私には分からないです。すみません。本当に知らないので」


ただまぁ、花火大会の日の後しばらくの暗さが、山口さんと喧嘩でもしてそれで別れるかどうか悩んでいたからで、別れることを決めたからここ数日異様に明るいのだと言われれば、別れたと言われたこと自体については納得できるけれども。


そんな詳細を言いたくはないので、何も知らない一般人を装うことにする。実際さっきの話は推測にしかすぎないし、本当にお兄ちゃんからそう言った話を一切聞いていないのだ。


「一緒に住んでるんだから、知らないはずないでしょ」


それなのにそんな野次が聞こえてきたので、じゃあ貴方は一緒に住んでいる家族のことをなんでも知っているんですかと反論したかったけれども、それはそれで面倒なことになるので、聞こえなかったことにしてなんとか教室へ逃げ込んだ。


とはいえ、教室は教室でクラスメイトの視線も辛い。私はただ真面目に夏期講習を受けに来た善良な一般生徒だというのに。


「大変そうね」


唯一の癒しは美琴だけだけれど、その美琴さんもこの事態が面白くて仕方がないという表情をしているので、私はもうだめかも知れない。


「他人事だと思って。私本当に何も知らないし、ただ単にお兄ちゃんの妹であるというだけで無関係だから聞かれてもわかんないって言うのに」


なのにどうしてこんな目に遭わないといけないのか。


「仕方ないわよ。いつも通りならとっくに登校しているはずの山口さんが今日はまだ登校していないし、湊さんはインターハイ前の大切な時期だから騒がないようにしようねってことになるとどうしてもね」


いやいや。お兄ちゃんに対してそんな配慮ができるというのなら、私にもして欲しい。


「私本当に今回の件、お兄ちゃんと山口さんが別れたということ以外詳しい話を何も知らないんだけど、どういう噂が流れてるの?」


正直に知っている情報を美琴に告げると、美琴はそれ以外本当に知らないんだ、という哀れみにも似た表情をした。


本当に何も知らないのにこんな好奇の視線に晒されているの、本当に辛いんですよ。


「花火大会の日に体調の悪そうな湊さんと、その湊さんを心配する山口さんが目撃されていたのは知ってるわよね?」


目撃されていたかどうかは知らないけれど、お兄ちゃんがその日体調が悪そうだったのは事実なので、多分それは本当なのだろう。


「で、月曜日も湊さんの体調が悪そうだったから、山口さんの心配そうな表情も皆理解していたんだけど、火曜日の朝にね、体調が良くなったと思われる湊さんが珍しく山口さんを朝から生徒会室に呼び出したのよね。それでどうせいちゃいちゃするんだろ、と思われていたんだけれども、生徒会室から『嫌よ。別れるなんてそんなこと私は絶対に認めないわ』という声とそれから涙ぐむ山口さんが目撃されて」


目撃したのは絶対湊様ファンクラブの人たちなんだろうなぁ。怖いなぁ。ファンの熱意。


「で、その日は湊さんもファンクラブの人に取材されても何も答えなかったんだけどね。そのあと山口さんと再び話し合ったみたいで、今朝公式に別れましたよっていう発表があったっていうわけ」


「なるほど」


事情は分かったけれども、公式で別れましたよというアナウンスがあったというのなら、別に私に対して取り囲んで取材をする必要はないんじゃいかなぁと思いました。


「というか、公式に別れましたよってなに?湊様ファンクラブのホームページにでも書いてあったの?」


湊様ファンクラブに載っていたのだとしたら情報の信憑性によっては関係者に取材したくなる気持ちも分かるけど。


「いや?湊さんが今朝登校したときに、新聞部にそう答えてたってだけで、湊様ファンクラブの更新はまだされてないよ」


お兄ちゃんが正式に答えているなら信憑性抜群だし、逆に私が答えられることなんて何一つないよ!!


っていうか。


「え、まだ更新されてないの?」


普通に考えて真っ先に更新されそうなものだけれど。


「掲示板の方だとものすごく盛り上がっているけどね。もともとあのサイトの湊様ファンクラブは、三年生のお姉さま数人が始めたもので、その中の一人である山口さんがあのサイトを作ってるらしいのよね。それで山口さんが別れたことを認めたくないから更新していないじゃないのかっていう噂」


へー。あのファンクラブのサイト、山口さんが作ったんだ。凄いなぁ。美琴がちらっと見せてくれた時にしかそのサイトの画面を見たことないけれども、結構ちゃんとした作りだった気がする。


「あんなにきちんとしたサイトを作れるなんて、山口さんいろいろ詳しかったんだね」


実は自作のサイトを作っちゃう系オタクだったんだろうか。それともお兄ちゃんのためにサイトが作れるくらい勉強したのだろうか。


「ちがうわよ。あんたと同じよ」


感心している私に対して、呆れたように美琴は言うけれども、全く心当たりがない。自作でサイトなんか作れないし、そもそもネットにあんまり絵を載せてないし。


「はぁ……。だから、社長令嬢なのよ、彼女。お金持ちなの」


そっか!お金の力で解決するという方法があったか!!!いやでも私ならそんなことにお金を掛けられない……こともないな。きらり夏川の冬川くんのためだったらいくらでもお金を掛けられるな。


「なるほど。なんかこう高貴な感じがするのは社長令嬢だったからなんだね。でも例えサイトを更新しなかったとしても事実が変わるわけじゃないし、どうするのかな」


粘って粘って粘りまくればもしかしたらお兄ちゃんと元に戻れるかもしれないという気持ちがあるのかもしれないけれども。


「どうするのかしらね。でも山口さんが許されていたのは、ファンクラブ創始者の内の一人だから、山口さんが湊さんに釣り合うほど美人だから、社長令嬢と社長令息だから、とか、そういう山口佐鳥さんが山口佐鳥さんであるからっていう理由はほんの少しであって。湊さんがそれを許していたというただその一点だけで許されていただけだからね。それがなくなった以上、早く手を打たないとこのままだと山口さん本人の立場ががまずいことになるんじゃないかしら」


そ、そうなのか……。よく分からなかったけれども、お兄ちゃん第一主義であるその世界が怖すぎることだけは分かった。


「まぁでも、個人的には気持ちを受け入れるのがなかなか難しいことは理解しているわよ。気持ちを変えなければならないっていうのは凄く大変なことだもの。でもまぁ、早く気持ちを変えて欲しいなぁという気持ちはあたしにもあります。主に福岡くんとか」


あぁ。うん。分かる。断られてもやっぱり好きってオーラが出てるもんね。


「確かに福岡くん、美琴のこと諦めてないもんね」


モテる女の子は大変だねぇと言葉を続けると、


「そういう柚葉くんだって、唯花のことを多分まだ諦めてないわよ」


瞬時にそう言い返されて、言葉に詰まった。やっぱり。そんな気はしている。


「今までアニメとか見ててさ、主人公を好きだったキャラが振られたあとすぐに別の人と恋が始まると、お前の恋ってそんなもんだったのかよって思ってたけど、違うのね。そのキャラを幸せにしたいという面ももちろんあるんだろうけれども、別の面では主人公の気持ちを楽にさせるためだったんだわ。だから福岡くんが早く次の恋をしてもらえるととても気が楽になるので早く次の恋をしてくださいお願いします」


楽になるっていうのもあるけど、ある意味怖いんだよね。美琴も多分そう思っているのだろうけれども一応ここは公衆の面前であるので、言わないんだと思う。


そう思いつつ、机の引き出しに今日使う教科書を仕舞おうとしたところ、何かが引っかかって、取り出してみたところ大量のお兄ちゃん宛のお手紙だったので、余計に憂鬱になった。私に渡さないで、自力で何とかしてほしい。


いつになく多い手紙に、生徒会室の目安箱にお兄ちゃん宛の手紙を入れるポストを作ってくださいって投稿しようかなと真剣に思案してしまう。


すでに目安箱がお兄ちゃん宛の手紙入れになっている可能性が高いけれども。


きっとお兄ちゃんの机の引き出しも大変なことになっているんだろうなぁと、授業が始まるチャイムを聞きながら思った。


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