こんなに苦労するなんて聞いてない!(side 真咲)
湊のことが気に掛かりで、味もよく分からないまま夕飯を食べ終えた後、湊からの連絡を待つためにベッドの上に倒れ伏した。
いつも連絡が来る時間帯はこのくらいなのだけれど、それでも今日という日くらいは連絡を早く入れてくれと思う。
それとも、湊は自分の気持ちに気がつかなかったのだろうか。だから俺に連絡を入れる気にもならなくて一人でまた落ち込んでいるのだろうか。
もうちょっと待ってから、それでも電話がなかったら俺から電話をしようと決めた矢先、携帯の画面に湊の文字が浮かんだ。
「もしもし」
祈るように電話に出た。出来れば気持ちに気がついてくれと思う。気がついてくれていなかったら、これ以上俺はどうすることも出来ない気がする。
「あ、真咲?あのさ、俺やっと自分の気持ちに気がついたよ」
俺の名を呼ぶ明るい声を聞いた瞬間、俺は今日一日の努力が報われたことが分かった。良かった。本当に良かった。
「鞄に入れていた傘が無くて、もう傘も差さないで家に帰ろうかなって思っていたら唯花が迎えに来てくれてさ、それでやっと分かったんだ」
安心したのも束の間、明るい声を通り越してもはや暢気に聞こえる声で湊がそう言っていて、誰のおかげか分かっているんだろうな、と言ってやりたい気持ちになった。
まず、唯花ちゃんと柚葉が付き合っているのかもしれないという湊の発言を聞いた俺は、あくまで冷静を装いながらもものすごく衝撃を受けていた。
もし二人が付き合っているのだとしたら、自分の気持ちに気がつきそうな湊の気持ちを気がつかないままにして闇に葬ろうと決意し、美琴ちゃんにメールを送って、二人が付き合っているのかどうかの真偽を確かめる。
昼過ぎくらいに付き合っていないという安心メールが届いて、湊に教えようとか思ったけれど、それでは今までと何も変わらないことに気がついた。どうしようかと見上げた空は、朝はあんなに晴れていたのに少しだけ雨が降りそうな曇り空になっていて。
その空を見ていたら、天啓とも言える閃きが俺の中に降りてきた。もしも湊が帰る時間に雨が降っていて、そこに唯花ちゃんが傘を持って迎えに行ったら、さすがの湊でも自分の気持ちに気がつくのではないだろうか。
夕方ごろまで天気の様子を伺って、本格的に降りそうだな、と確信したときに湊の鞄から傘を抜き取った。どう言い繕ったところでこの行為が犯罪行為なのは間違いないのだけれど、明日返すので許して欲しい。
雨が降りそうから降るぎりぎりまで湊を特訓に付き合わせて、頃合いを見計らって駅まで届けた。雨はなんとか想定通り降ってくれて、唯花ちゃんにメールを送ったところまでが俺のしたことである。こんなに他人のことで苦労したことなんてないじゃないかとまで思う。
「なんで今まで気がつかなかったんだろう」
さっきまでは惚気と言ってもいいんじゃないかというくらい甘い唯花ちゃんへの思いの話だったから、苦労を思い出しつつ適当に相づちを打っていたのだけれど、一つため息を吐いた後呆れたような、それでいて落ち込んでいる湊の声が聞こえてきて、俺は電話の方に集中することにした。
「あんまりよく知らないからじゃないの?好きって気持ちを」
でも多分、俺の知ってる好きって気持ちは、知らないに近くて。知らないに近かった湊の好きの方が知っているに近いのだろうけれど。
「そっか。確かにその手の小説とかあんまり読まないし、テレビも見ないし。確かによく知らないな」
湊も本当の好きは、まだ知らないと思う。
けれど、湊のことだから辿りついてくれると俺は信じている。
「うん。少し気が楽になったよ。ありがとう、真咲」
だって、湊なのだから。