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こんな恋の話になるなんて聞いてない!

告白されるという一大イベントを乗り越え、日曜日を挟んだ月曜日。


夏期講習と部活のために夏休みだというのに学校に登校した私は、憂鬱な気持ちで教室のドアを開いた。


既読をつけた後に美琴に連絡をしなかったことを怒られそうだし、それに覚悟をしておきなさいよ、と言われたということは柚葉くんに告白されたことを色々聞かれるんだろうなぁと思うと、気が重かった。


「お、おはよう。既読をつけた後連絡しなくてごめんね」


紙パックの紅茶を机に置いて今日の夏期講習の予習をしてるのであろう美琴に、とりあえず先手で謝っておくことにする。


「おはよ。別に返信が必要な内容じゃなかったから、気にしなくていいけど、ラインで聞かなかった分今日は聞くわよ。昼休み、あたしは弁当ないから、外に食べに行くのに付き合ってよね」


話を聞く気満々の美琴からの追求は怖いけれども、怒ってはいないようだったので、一先ず安心した。


「外にご飯を食べに行くって、どこに行くつもりなの?」


外でご飯を食べるというのなら分かるけれども、外に食べに行くのに付き合うというのは、一体どういうことなのだろう。


「近くのハンバーガー屋さん。学校じゃゆっくり話せないし、夏期講習が午前中だけで終わるなら、午後から部活があるとはいえ昼ご飯を外に食べに行っても怒られないでしょ」


なるほど。お昼に抜け出すことなんて許されていない通常授業と同じ気持ちで抜け出してはいけない気がしていたけれども、言われてみればそうである。


国語数学英語と頭を使う教科ばかりの夏期講習を受けた後、うだるような暑さの中、ハンバーガー屋さんのクーラーの効いた涼しい部屋は天国のように思えた。


真夏の昼の暑さは、クーラーの中で涼しく過ごしているオタクには厳しすぎる。日陰を選ぶとはいえ外で食べることにならなくてよかった、と思いながらハンバーガーセットを私は注文した。


「あれ、唯花もセット食べるの?お兄さん特製弁当は?」


ハンバーガーなんて久しぶりに食べるなぁと、ある種の懐かしさを感じながら先に美琴が座っていた席に運ぶ。


「それが今日お弁当がなくて、代わりにメモとお金が置いてあったんだよね」


メモにはお弁当を作る元気がなくてごめんね、とだけ書いてあった。


日曜日にお兄ちゃんは具合が悪いと言って部屋から出て来なくて、お兄ちゃんが前にしてくれたみたいに私が差し入れした時に具合を尋ねたら『風邪じゃないから大丈夫だよ』と言っていたけれど、全然大丈夫そうには見えなくて、なのに今朝玄関には靴がなくて。


インターハイに出場する剣道部は、椅子に座っていれば終わる夏期講習じゃなくて部活に出なければならないので、余計にお兄ちゃんのことが心配だった。


「珍しいわね。まぁ、インターハイも近いから、忙しいのかしら。それはともかく!告白されたんでしょ??なんて返事をしたのよ!?」


ずっと聞きたかったんだろうなぁということが伝わるようなテンションと勢いだった。前のめりだった。


「告白されたけど、断ったよ」


そのテンションが怖くて、こう言えば美琴のテンションも下がるのかと思っていたけれど、


「そんな気はしていたけれども!!なんで!?どうして!?」


むしろ上がっていた。そ、そんなに人の恋の話が気になるものかな。


「いや、私の理由はいいじゃん、別に。というか、美琴も告白されたんでしょ?」


まぁ、私も気になるけど。美琴ほどテンションは上がらないけれども、一応協力した身としては結果が気になる。


「まぁ、あたしも断ったんだけどさ」


美琴に話を振ると、あれだけ上がっていたテンションはジェットコースター並みに下がったようでテンション低くポテトを摘みながらそう言った。


「私としては美琴の方が不思議なんだけど。中学の時彼氏いたし、付き合うのかと思った」


私もこういう話をしながらハンバーガーを食べる気分になれなくて、ポテトをぽつぽつと食べることにした。


「だって、ときめかなかったんだもん」


ときめかなかったからって。そんな。


「理由軽くない?」


思わずそう言ってしまうと、反論されると思っていましたという顔で美琴は反論してきた。


「いやいや、そういうものでしょ?一目惚れというのはときめいたから成立するものだし、人というのは結局のところ付き合うのも付き合わないのも打算を抜きにしたらときめいたかどうかで決めるもんなんじゃないの?」


確かにときめきというものは一つの要素ではあるとは思うけれど。


「掃除術じゃないんだしさ」


ときめきだけで決めるのはどうかと思う。それ以外のことを考えるのは打算だと美琴は言うのかもしれないけれど。


「じゃあそういう唯花はどういう理由で振ったのよ」


極めて冷静に美琴はそう言ったけれど、考えてみるとちょっと言いすぎたな、と思った。人の恋の判断基準なんて、人それぞれで良いのに。


「ごめん。ちょっと言いすぎた。私は……彼氏って、親友と同じくらいか、それ以上のポジションになると思うんだけど、柚葉くんはそこまでの位置にはなれないって思ったから断った、かな」


「そんなの、付き合ってみて段々順位が上がっていくものなんじゃないの?」


うーん。そうなんだけど。


「それでも最低限知っていてほしいことっていうものがあるじゃん」


「何よそれ」


あまり言いたくはないけれども、ここまで言ったのなら言わないわけにもいかないだろう。


「オタクであるってことを知っていることとか」


「気持ちは分かるけど……。オタクを隠している時点で彼氏作る気ないでしょ」


「いやー。偶然本屋さんで取ろうとしたマンガが同じで、恋が始まるかもしれないじゃん」


図書館で選んだ本が同じでっていうのが純文学版だとしたらオタク版はこれだと思う。お店とオタクグッズは好きなものを入れてもよい。


「正直に言って、あんたのことだから始まらないと思うわ」


流石、美琴。私のことをよく分かってる。私も始まる気がしないもん。


「他にはないの?」


「うーん。あとは一緒に過ごした時間の長さが長いとか、相手が困っていたら身体を張ってでも助け合えるような、そんな人がいいかな」


道端で相手が変な人に絡まれて困っていたら颯爽と助けてくれて助けられるような、そんな感じ。


「重い。あんたは条件が重すぎるのよ。結婚相手に求めるような条件じゃない、それ。もっと軽い気持ちで付き合っても良いとは思うけど……。まぁ、唯花らしいといえば唯花らしいわね」


「そういう美琴も美琴らしい基準だよね」


まさかときめくかときめかないかが判断基準だったとは思ってなかったけど、考えてみればすごく美琴っぽいと思う。


「全ての道はときめきに通じるのよ。そうだ。乾杯でもする?」


告白されて断ったという特にめでたくもない話の報告会で乾杯というのも、不思議な話である。


「なにに乾杯するの?というか、何で乾杯するの?」


私と美琴がより仲良くなった記念だというのだろうか。


「良いじゃん。あたしたちの友情と前途に」


そう言いつつ美琴は氷のたくさん入った紙コップを持ち上げたので、私も慌てて表面に水滴がついたカップを持ち上げた。


「乾杯」


そう言って飲んだオレンジジュースは、少しだけ味が薄まっていた。

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