こんな花火大会になるなんて聞いてない!(side 湊)
「湊さんの浴衣姿、とっても素敵ですわ」
佐鳥さんに誘われていた花火大会に、唯花も美琴ちゃんと同じ花火大会行くというので、俺も行くことにした。
「ありがとう」
浴衣姿の佐鳥さんは、恐らく美人の部類に入るのだろうけれど、ここに来る前に唯花の浴衣姿を見てしまっている身としては、唯花の方が可愛かったという感想しかもてない。
いや、浴衣姿だけじゃない。一緒にいて、話をする度に彼女は唯花ではないと実感する。
どんなに彼女が素晴らしい人間だとしても、彼女は唯花には勝てない。
「湊さん、あの、手をつないでもよろしいですか?」
でもここにいるのは唯花じゃない。俺が決めたことだけど、それが何故か不思議だった。
本当の愛を知るために必要なことだと思ったのに、最近良く分からなくなってきた。
本当の愛ってなんなのだろう。
一つだけ分かっていることは、彼女の行動は一般的に認められている範囲の行動であることだ。デートで手をつなぐ。お昼ご飯を一緒に食べる。毎日メールや電話をする。
そういうのが、きっと普通であって、普通の彼女に会わせていれば、俺も普通の彼氏になれるかもしれない。
返事をする代わりに手を差し出して、俺たちは屋台の方へ向かった。
「私本当に湊さんのことを入学した時からずっとずっとお慕いしていましたの。だから、湊さんと花火大会に来ることができて、本当に幸せですわ」
人でごった返している道は凄く歩きづらかったけれど、人の流れに逆らわずに屋台を見ながらゆっくりと前へ進んでいると、佐鳥さんがはにかみながらそう言った。
「今日は記念日ですわね!私と湊さんの花火大会記念日。この射的で取って下さったくまのぬいぐるみ、一生大事にいたしますわ」
射的で取ってあげた景品を大事そうに握りしめた佐鳥さんと、このまま花火開始時間まで何事も問題なく過ごすはずだった。
「あ、あそこにりんご飴がありますわ!私りんご飴が食べたいですわ」
そう言って佐鳥さんが見ていた方向を見るまでは。
柚葉に手を引かれている唯花の姿が、人混みの中で一瞬だけ見えた。
「早く列に並びましょう?って、湊さんどうかされましたか?すごく顔色悪いですわ」
確かにあれは唯花だった。間違えるはずがない。去年俺が買ってあげた浴衣を着ている唯花を、見間違えるはずがない。
「ごめん、佐鳥さん。気分悪いから、俺帰るね。これ、夜危ないからこのお金でタクシーでも呼んで帰って」
さっき見た映像が、目を閉じても脳裏にちらついて、ひどく気分が悪かった。頭が痛い。
「でも、湊さんを放っておけませんわ。人に酔ったのかもしれませんし、一旦陰で休んで帰られた方が良いと思いますわ」
そう彼女は言うけれど、とにかく一人になりたかった。一人でこのごちゃごちゃした頭の中の整理をつけたかった。
「大丈夫だから、本当にごめん」
財布から抜いたお金を彼女に押しつけて、返事も聞かずに来た道を戻った。
どうしてどうしてと解決出来ない疑問が、次々と脳内を巡る。
どうして唯花は美琴ちゃんと花火大会へ行くと嘘を吐いたのか。
柚葉と唯花は付き合っているとしたら、どうして嘘を吐いたのか。
俺が、柚葉と仲良くしないでって言ったから?それでも、隠れて付き合うくらいならきちんと言って欲しかった。
でも、どうして俺は柚葉と仲良くしないでってあの日言ったのだろう。
どうして俺は柚葉と唯花が付き合っているかもしれないという事実にこんなに動揺しているのだろう。
どうして?




