こんな花火大会になるなんて聞いてない!
「あ、唯花。こっちこっち」
花火大会当日。美琴と待ち合わせていた場所に着いて美琴を探していると、浴衣姿でいつもと雰囲気の違う美琴が、私の姿を見つけて手を振った。
「時間ぎりぎりになってごめん!なかなか浴衣の着付けが難しくて」
かたかたと下駄をならして美琴に近づいている間に、美琴は手に持っていた携帯を籠バックに仕舞った。
「時間には間に合っているから気にしなくていいわよ。っていうかあんた自分で着付けしてきたの?」
驚いたようにそう言う美琴は、きっとお母さんに着せてもらったのだろう。
「うん。動画を見ながら鏡の前で格闘して何とか」
浴衣の着付け無料みたいなイベントがあっていることは知っていたけれど、自力で着られるなら自力で着たいと思った結果、かなり余裕を持って着付けを始めたにも関わらず予想以上に遅くなってしまった。
「はぁ。そんな大変なことをするくらいなら、浴衣必須でとか言うんじゃないわよ」
ため息を吐きながら、美琴は来る途中で少し崩れてしまったらしい私の帯の結び目を直してくれた後、私たちは福岡君達と待ち合わせている本当の待ち合わせ場所へ歩き始めた。
「ありがとう。だってお兄ちゃんが買ってくれた浴衣が着たかったんだもん」
去年『受験生とは言え息抜きが必要だよね』と言って花火大会に連れて行ってくれた時に買ってくれた浴衣を、クローゼットに眠らせておくのは勿体ないな、と思ったからである。
「道理で恐ろしく高そうな生地だと思ったわ。トータルで幾らしたのよ」
下駄は私の足にあったサイズの下駄と鼻緒で凄く歩きやすいし、浴衣は生地が凄く高そうだし、帯もその他諸々高くそうなもの全てお兄ちゃんが、お兄ちゃんが。
「さ、さぁ」
値段も見ずに買ってくれました。お店の手前にあったお買い求めしやすい商品ではなかったことは確かだし、怖すぎて私はお兄ちゃんに最終的な値段が聞けなかった。
兎に角お兄ちゃんと店員さんが私の好みを聞きつつ全て決めた結果がこの高そうな浴衣一式である。
「正直こんな高級そうな人の隣に並んである着たくないわ」
そう言ってすたすたと離れようと早歩きをし始めた美琴の手を慌てて掴む。
「いやいや、美琴の浴衣姿本当に似合ってるよ!?モダンな感じが美琴の魅力を最大限引き出しているし、そもそも浴衣の質より着てる人の質が大事だから。浴衣なんて所詮オプションだから」
というか、私が浴衣負けしている可能性が十分すぎるほどあることに気がついて、急にこの浴衣を着て外を歩いていることが恥ずかしくなってきた。
「そんなに焦らなくても、馬鹿ね、冗談よ。冗談。唯花も凄く似合ってるし、唯花も人の質がいいからその浴衣に負けてないのよ。あ、いたいた」
気がつくと、本当の待ち合わせの場所に着いていた。
私は全然福岡君達がどこにいるのか分からなかったけれど、美琴は分かったらしい。
「あたしは量産型には量産型の良さがあるということを証明してみせるわ。だから唯花も」
正面を向いていた顔をこちらに向けて、美琴は自信に満ちた表情でそう言った。
「うん。そうだね」
だから唯花も自信を持ちなさい。そう美琴が言っているのが私にも伝わってきた。
「お待たせ」
そう二人に声を掛けると、二人は携帯電話からぱっと視線をこちらに向けた。
「全然待ってないよ!な!柚葉」
「う、うん。今丁度連絡しようって言ってたんだ」
二人共浴衣を持っているということだったので着て来てもらったのだけれど、二人とも浴衣の雰囲気が色も同じ紺色だったこともあり、凄く似ていた。いやまぁ、男子はね、女子よりも色とか柄の選択肢が狭まってしまうのは仕方ないよね。
「二人ともすっごく綺麗だよ」
そう笑顔で言う福岡くんに同意するように、柚葉くんも頷いた。
「そう?ありがとう。二人とも格好良いわよ。ね、唯花」
「う、うん」
柚葉くんは勿論、福岡くんも普通に格好いいので、二人ともよく浴衣が似合う。
花火が始まるまで屋台を見て回ることになり、私たちは屋台が出ている方向へ歩き出した。
人混みの中なんとか歩いていると、金魚すくいの屋台が目に止まって、私たちは行列の中並ぶことになった。
「どっちが多く金魚が釣れるか、競争しようよ」
「いいわよ。このあたしに喧嘩を売ったことを後悔させてやるわ」
「じゃあ負けた方が何かおごるってことで」
「了解」
前に並んでいる美琴と福岡くんの会話はまるで喧嘩っぷるの様だ。まぁ、美琴は単純に負けず嫌いなだけなのだろうけれども。
「あのさ、二人っきりにさせてあげない?」
ほほえましく二人を眺めていると、隣に並んでいた柚葉君が、私の方を見ながら前の二人に聞こえないくらいの音量でそう言った。
すっかり忘れていたけれども、今回の目的は美琴と福岡君を2人きりにさせてあげようというものだった。
うん、と柚葉君の目を見て頷くと、頷き返した柚葉君は、私の手を引いて金魚すくいの列から抜け出した。
手を引かれたことには動揺したけれど、人が多くてすぐにはぐれそうになるお祭り会場だからだろうな、とそう判断する。
少しだけ進んだだけで私たちは人ごみの中に埋もれてしまって、美琴と福岡君の姿は見えなくなった。
「二人に見つからない程度に見て回ろうか」
夕飯を食べて来たのでお腹いっぱいの私とは違って、柚葉君はいろいろ食べるつもりで来たようで、やきそばとたこ焼きを買っていた。
「なんか、俺だけ食べて悪いね」
苦笑いをしながら焼きそばを食べている柚葉くんは謝るけれど、むしろこの場合悪いのは私だ。
「いや、私もなんかごめんね」
美琴がもしここにいたら『あんた何をしに来たの?』とか言われそうだけど、慣れない浴衣で苦しいし、人は多いし、暑いしで正直食欲が出なかった思うので、事前に食べてきたのは正解だったと思う。
他愛のない話をしている間に柚葉くんは食べ終わった。
「そろそろ花火が始まる時間だから、移動しようか。少し遠いけど綺麗に花火が見える場所があるんだよね。歩ける?」
どうやら時間も丁度良いらしい。
下駄だから少し不安だけれども、凄く足が痛いというわけじゃないので、少しくらいなら歩けそうだった。
「歩けるとは思うけど……どこで見るの?」
けれども、山に登りますとか言われると少し厳しい。
「ここの橋から綺麗に見えるらしいんだ」
そう言って携帯の画面に映し出してくれた地図を見る限り、そんなに遠くなさそうだったので、私たちは向かうことにした。
それなりに人気のスポットらしくて、人は結構いたけれど、花火が見られないほどではなかった。
「私他の花火大会になら行ったことあるけど、この花火大会は初めてかもしれない」
小さな頃は花火大会の区別が付かなかったから分からないけれど、大きくなってからは多分これが初めてだ。
「俺は中学の時の剣道部の仲間と三年間来てたよ。ここじゃないところで見てたけど」
部活の仲間と花火大会に行くなんて、仲が良いんだなぁ。
そう言えば今まで恐ろしくて携帯電話を確認していなかったけれど、美琴から連絡が来ていると思うし、いい加減確認しておこう。
たくさん通知が来ているかと思いきや、予想に反してラインの通知は一つだけだった。
「こうなることは予想していたけれども、あんたも覚悟しなさいよ」
絵文字や顔文字一つない、飾り気のないその一文に対してごめんねって可愛く謝っている猫のスタンプでも送ろうかなって思ったけれど、逆に怒られそうなので、ここは見なかったことにする。思い切り既読ってついてるけど。
「静岡さん怒ってるみたい?」
携帯電話を見ながら険しい表情をしていたので、美琴から怒った連絡が来たと思ったのか、柚葉君は心配そうな表情だった。
あんたも覚悟しなさいよっていうのは、今度会ったときに私をぼこぼこにしますよとか、そういう意味なのだろうか。
「多分大丈夫」
そう考えると全然大丈夫じゃないのだけれども、ここは大丈夫というしかあるまい。
「福岡君からはなにか連絡が来た?」
「グッジョブって親指立ててるスタンプが来た」
それは良かった。
そんな話をしていると、ひゅうるるるるという音がして、ばーんと夜空に花火が散った。
わぁーという歓声が周囲からも聞こえてくる。
音がうるさいほど距離が近いわけでもなく、かといって花火が小さく見えるわけじゃない丁度良い距離の花火は、とても綺麗で。
ずっと、いつまでも見ていたいと思った。
「ねぇ、三枝さん」
打ちあがる花火の数が多くなってきたので、きっと終盤になったのだろうなぁと思っていると、隣にいた柚葉から話しかけられた。
今良いところなんだけどなぁと思いながら、柚葉君の方を向くと、今までに見たことがないくらい真剣な表情をした柚葉君が私の方を見ていた。
「俺さ、その、三枝さんのことが好きなんだ。早退する時に声を掛けてくれたり、勉強会で勉強を教えてくれた時の優しいところとか、話していて凄く楽しいところとか、運動が苦手だけど体育をすごく頑張っているところとか、そう言うところが全部」
花火に照らされた柚葉くんの表情は、嘘を言っている様には全く見えなくて、さっきの言葉に嘘などないことを知る。
「だから俺と付き合ってくれませんか?」
次々に打ちあがる花火が、まるで返事の催促をしているかのようだった。
そうか、これが美琴の言う『あんたも覚悟しなさいよ』だったのか。