そんなにはっきりとは聞いてない!
『湊生徒会長に彼女が出来たという噂が流れて学校中が大騒ぎでした』
テストが終わった次の日の放課後。日直だった美琴が学級日誌を書いている様子を眺めていると、そんな一文が目に入った。
「もう少し真面目に日誌を書くべきだと思うんだけど」
そんな内容の今日の出来事を書かれた先生も困るのでは。
「あら、これ以上今日の出来事に相応しい出来事があったというのなら、そっちを書くわよ?」
確かにお兄ちゃんの噂が学校中を駆けめぐったこと以外、終業式まで残り僅かの学校生活を消化するための単調な一日だったけど。
「そう言われると反論できない……。強いて言うなら早退した人が多かったことくらいかな?」
無理なテスト勉強をしたせいで体調を崩している人が多かったのかもしれない。
「今回のカップル成立にショックを受けた人たちが早退したから多かったのよ。……他に書き忘れた人の名前はないかしら」
そっか……。学校一の美男美女がカップルになればショックを受ける人は男女ともに沢山いるよね……。
「……悲しむ人の気持ちは分かるけど、喜ぶ人の気持ちはよく分かんないな」
かと思えば喜んでいる人もいたし。なんとも人間とは不思議だ。
「そりゃあ可能性がゼロじゃないことが分かったんだから喜ぶわよ」
誰とも付き合わないというのは可能性がゼロということで、お兄ちゃんが誰かと付き合うことによって私とも付き合えるのかもしれないと思って嬉しいのだろうけれど。
「普通別れたときに喜ぶものじゃないの?」
取らぬ狸の皮算用というか、なんというか。
そういう人たちの所為で、今日は沢山の人から手紙の仲介を頼まれて、断るのが大変な一日だった。
「大丈夫よ。別れたときにはもっと喜ぶから」
なるほど……。二人が別れた日には学校中が恐ろしいことになりそうだな……。
「そもそも、お兄ちゃんが山口さんと付き合い始めたって本当なの?」
昨日お兄ちゃん何にも言ってなかったから、学校でその噂を聞いてものすごくびっくりしたんだけど。
「本当だと思うわ。山口佐鳥本人も湊様ファンクラブのインタビューではっきりと肯定してるし、お昼ご飯も今まで真咲先輩と食べていたのを山口佐鳥と食べているところを湊様ファンクラブの子が目撃しているもの」
湊様ファンクラブ凄いなー。というか、美琴はなんでそんなこと知ってるんだろう。
「まさか美琴も湊様ファンクラブに入ってる、とか?」
「もちろん。学校一情報が集まる場所だもの」
そ、そうなのか。私も入ったら情報通になれるのだろうか、と少しだけ思ったけれど、でも見たくないものまで沢山見えてしまうのだろうな、と思うと入会する気にはなれなかった。
「というか、どうしてそんな質問したの?」
日誌を書いていた手を休めて、美琴は私の目をまっすぐ見つめながらそう言った。
「だって湊様ファンクラブの情報に詳しすぎるもん」
そこにそんなに疑問点があるだろうか。
「違う違う。そっちじゃなくて」
あぁ。お兄ちゃんに本当に彼女が出来たのかな、の方か。
「昨日帰ってきたお兄ちゃんがものすごく物思いに耽っていたというか、暗かったというか、到底彼女が出来た人がする表情じゃなかったんだよね」
今までに見たことがないくらいお兄ちゃんは沈んでいたから、どうしたのかと思っていたけれど。
まさか彼女が出来ていたとは。
「なにそれ。弱みでも握られて付き合うことになったとかなのかしらね。まぁそっちの方がしっくりくるけど」
昨日のお兄ちゃんの表情を考えると、あながち間違っていそうにない感じではあったけれども。
「えー。でもお兄ちゃんに弱みとかないでしょ」
生徒会の仕事で一緒だったから好きになって付き合い始めたと考えるのが妥当だと思う。
「あるわよ。あんたのお兄さんには確実に」
そう言い切る美琴は呆れたような表情をしつつも自信満々で。
「え、それって湊様ファンクラブに入っていたら分かる情報とかなの?私全然わかんないんだけど」
普通に考えて美琴よりも私の方がお兄ちゃんのこと詳しいはずなのに。
「湊様ファンクラブに入ったら分かる情報だったら女の子達全員湊さんと付き合うことになってるわよ。……。まぁ、唯花は鈍感というか、鈍いからね」
鈍感も鈍いも同じ意味なんですけど。
「鈍い人間にも分かるくらいはっきりと言われたー!!!」
「はいはい。日誌書き終わったから帰るわよ」
そう言って美琴は笑いながら席を立ったので私も溜飲を下げることにする。
美琴ほど鋭い人間ではないことは、鈍い私でも分かるからだ。
「きっと私には分かってないことが沢山あるんだろうな……」
職員室へ向かうために先をすたすた歩く美琴の背中にポツリとそう言うと。
「私にも分かってないことは沢山あるわよ」
美琴も振り返らないでそう言った。