こんな勉強会になるなんて聞いてない! 3/3 (side 柚葉)
(柚葉視点)
静岡さんが来られないと聞いた後に福岡から掛かってきた電話の内容はこうだった。
「静岡さん、来られないんだって?」
そう言う福岡の声は残念そうであり、しかし何処か少しだけ嬉しそうだった。
「そうだけど、なんで知ってるんだよ。あと遅刻だぞ、お前」
気がつけば時計の針は待ち合わせ時刻を示していた。
「ふっふっふ。俺は柚葉よりも早く着いていたので全然遅刻じゃありません」
「いや、遅刻だから。どう見てもここにはいないから」
それとも透明人間になる秘密道具でも手に入れたでも言うのか。
「静岡さんが来てから俺は現れようと思って待ち合わせのベンチの近くにある像の裏に隠れていたから、本当に遅刻じゃないんだよ。短い時間かもしれないけど、来る順番によっては柚葉と三枝さんがふたりっきになれる時間が出来るかもしれないと思ってさ。まぁ、静岡さんが来たら俺は俺の恋愛を優先するつもりだったけど」
なるほど。それで俺たちの会話を聞いていたから静岡さんが来られなくなったことを知っていたのか。
「それで?電話の用事はなんだよ」
「もー。お前本当に鈍いよな。だから俺は静岡さんが来ないなら今回の勉強会は欠席するから、二人きりで勉強会デート頑張れってこと」
一緒に休日に会って勉強出来るってだけで充分だったのに、その上二人きりになれるのか!?!?
「というわけでこんな好機を作り出してくれた偉大なる親友に感謝して勉強するように。じゃあな」
自分で言うなよ、というツッコミと礼を言う前に電話は切れた。
福岡には本当に感謝しているので、福岡の分までノートのコピーをしてあげることにする。コピー代が2倍になって辛いけれども、こんなチャンスを作り出してくれたことを考えればむしろ安いと言えよう。
しかしこの後どうしようか。いや勿論勉強するわけなんだけれども、次につながる一手が欲しい。ただの勉強会で終わってしまうわけにはいかない。
そう思ってふとコピー機から目線を上に向けると、目に良いものが留まった。
「というわけでここが係り結びになるから、文末が連体形になって強調の意味になるんだよ。……大丈夫?」
「なんとか」
頭の中で古文のごちゃごちゃした内容がぐるぐるしているけれども、テストでなんとかなりそうな気がするくらいには理解出来た、と思う。
「大体国語の範囲は終わったし、お昼ご飯にしようか」
そんな俺の様子に気を使ってくれたのか、休憩も兼ねて待ち合わせに使ったベンチでお昼ご飯を食べることになった。
最初はお互いなんとなく話しづらかったけれども、午前中の勉強会でだいぶ打ち解けてきた気がする。ただ、午前中の会話は本当にテスト範囲の話しかしていなかったので、親しくなるにはここからの会話が重要だ。
「いただきます」
三枝さんが食べ始めたお弁当は恐ろしいくらい彩りが綺麗で手が込んでいるように見えた。高級料理店で売り出されていそうな、そんな雰囲気さえ醸し出ている。
「お弁当、美味しそうだね。三枝さんが作ったの?」
それに対して俺の弁当家庭的さ加減といったら。庶民。庶民弁当。母親に作って貰っている時点で文句は言えないのだけれども、あまりにも差がありすぎる。
「いや、その、お兄ちゃんがいつも作ってくれるんだよね」
若干言いづらそうに言う三枝さんのその一言に耳を疑った。
お兄ちゃんって、お兄ちゃんって。
「三枝主将が!?」
信じられない。あの人勉強も出来て剣道が鬼の様に強い上に料理まで出来るのか。唯一の欠点といえばシスコンなことくらいじゃないか。
それが一番重症な気がしてきた。
「そう。お兄ちゃん私より断然料理上手いんだよね……。あー。えっと、話は変わるんだけど、柚葉くんはどういうきっかけで剣道始めたの?」
三枝主将の料理の話など興味はないので、この話題が続いたらどうしようと思っていたから、話題を変えてくれて助かった。
「小学三年生のときに、『女性トラブルで桐葉が包丁で刺されそうになった時に助けになるように』って母親が剣道の道場に兄貴と一緒に連れて行ったのがきっかけかな」
今思い返してもひどいきっかけだと思う。けれどもそのきっかけがなかったら剣道を始めていなかったかも知れないと思うと、とても複雑な気分だ。
「そのころからお兄さん女の子にモテてたんだね……」
その所為でどれだけの迷惑を被ってきたことか。
「幼稚園の頃からモテてたらしいけどね。兄貴は三回くらい通って辞めたけど、俺は身体が弱かったから丈夫になりたいっていう思いもあったし、それに何より剣道が楽しくてずっと続けてきたんだ」
もしも剣道と出会っていなかったら、俺はどう今を過ごしていたのだろう。
「三枝さんは美術部だよね。その、絵を書くのが好きだったの?」
うーん。自分の話ばかりするのはどうかと思って捻り出した質問のクオリティの低さ。
「うん。昔から絵を書くのが好きで、その延長で美術部に入部したんだけど、美術部の顧問が凄く熱心な先生で、その先生のお陰で『美術』が凄く好きになって高校でも絵を書きたくて入部したんだ」
本当に絵を描くことが好きという気持ちがすごく伝わってくる言い方で、俺は気がついた。三枝さんも俺と同じなんだ。趣味が、楽しくてたまらなくて好きなんだ。
「じゃあ大学は美術系の大学に行く感じ??」
さっきの話の続きであり、クオリティの高めな質問として進路の話題を何気なく聞いたつもりの質問だったのに、三枝さんは動揺したように箸から卵焼きを落とした。
「え、いや……。どうだろう。多分行かないと思うな」
幸いなことにご飯の上に着地したので、その卵焼きを再び箸で持ち上げながら三枝さんはそう言った。
「そうなの?俺は絶対に剣道の強い大学に行くよ。三枝さんも美術好きなら、美術系の大学に行った方が良いと思うけど」
むしろ剣道の強い大学に行くという曖昧な考えの俺よりも明確なビジョンを持っていると言えるのに、悩むことなどあるのだろうか。
「そう、だね」
そう相づちを打った三枝さんの表情は暗くて、俺たちの間に沈黙が流れた。しまった。昼食時に進路の話をするのは適切ではなかった。
何かもっと明るくなる話題を提供しないと。
「今日は福岡と静岡さん来られなくて残念だったね」
「そうだね、2人が来られなくなるなんて思ってもみなかったよ」
話題が変わったことに安心したのか、少しだけ明るくなった三枝さんの表情を見てほっとした。
彼女にはやっぱり明るい顔が似合う。
「本当に福岡楽しみにしてたんだよ。あいつちゃらそうに見えるけど静岡さん以外の女子にはあんな感じじゃないから、本当に静岡さんのことが好きなんだと思うんだよね」
付き合いはまだ短いけれども、それでもあいつの本気は伝わってくる。
「それでさ、友達として福岡のこと応援してあげたいし今回のリベンジも兼ねて、七月末にある花火大会に四人で行かない?」
だからこそ今回の機会を作ってくれた福岡に機会を作りたい。
俺も頼ってばかりじゃいられない。
「えっと、美琴に聞いてみるね、それからの返事でも良いかな」
コピー機の上に貼ってあった花火大会のポスターはこの上ない機会だった。
「もちろん」
それからは福岡が友達として良い奴で、応援したいんだ、ということを話をするために福岡のことを売り込んでいたのだけれども、俺は俺を売り込むべきだったと昼食を食べ終わってから気がついた。