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彼女の気持ちは尊重したいけれど、都合の悪いことは聞こえなかったことにします。(side 湊)

「ありがとう。迎えに来てくれて」


その言葉は、本当に心の底から出た、感謝の言葉だった。


そして気がついたら偽りのない笑顔を浮かべていた。


「あの、荷物持ちます」


僕の笑顔を見て、おろおろとしてそう発言する唯花ちゃんも本当に可愛かった。


どうして僕は今までこの可愛さに気がつかなかったのだろう。


いや、違う。唯花ちゃんの可愛さに浸っている場合ではない。


「あぁ。うん。そうだね、えっとちょっと袋の重さ調整してくる。ちょっと待ってて」


軽い方を渡そうと思ったけど、どちらも同じくらい重かったので、返事を聞く間も待てずに急いでサッカー台に行って手早く詰め直すことにした。


早く、早く話がしたい。早く傍に戻りたい。


そう思っていたら自分でも驚くほど早く詰め終わった。


「ごめんね、持ってもらって」


軽くなったほうを、申し訳ないと思いながら渡した。


一緒に帰るとなると普通は隣同士で並んで歩くものだと思うが、狭い道には向かないので、一列になることにした。


唯花ちゃんは僕に先に行ってほしいみたいだったけど、僕は絶対に先に歩きたくなくて、気がつかないふりをした。


普段なら先頭を歩くことは嫌いではないのだが、今日は違った。どれくらいの速さで歩けば唯花ちゃんが丁度いいのかが分からないし、唯花ちゃんの歩く姿を眺めたいし、それになにより。


見ていないと、唯花ちゃんが消えて居なくなってしまうような気がした。


居なくなったことに気がついて急いで家に帰ると、全然僕に無関心な彼女が家で勉強しているんじゃないか、ここに彼女がいるのは僕の妄想なんじゃないか、と思った。


だから、僕は彼女に先頭を歩いて欲しかった。


それにしてもちらちらと僕が付いてきているかどうかを振り返る彼女はとても可愛らしい。


あぁ。できることならこのまま家に辿り着かなければいいのに、などという馬鹿なことを考えてしまう。



「ただいま」


ぱっと明かりのついたリビングを見て、やっと僕はこれは現実だったんだ、と思った。


「あとは僕がしておくから。今日は迎えに来てくれて本当にありがとう」


「いえ、その、はい」


片付けるべきだろうかどうしようか悩んでいるらしい彼女に対して僕は先制してそう言った。元々勉強してもらうために一人で行ったんだし。


片付けをしながら、彼女が部屋を上がったのを確認すると、僕は携帯電話を取り出して一目散に真咲に電話をかけた。


「おー。湊が電話掛けてくるなんて珍しいじゃん。どうした?」


「唯花ちゃんが…唯花が可愛すぎて…言葉じゃ表せない…」


そう、この感情は言葉じゃ表せない。


「ちょっと待って、何があったの!?それ、詳しく!!」


「えー。秘密」


というか、真咲は人の話を馬鹿にするタイプじゃないけど、でもこの話をしても理解してくれるとは思えなくて、秘密にすることにした。


「うぜぇぇ!まぁ、いいけど。で?それだけ?それだけならよかったな、としか言いようがないんだけど」


「えっと、もっと唯花ちゃんと仲良くしたいなって思うんだけど、どうしたらいいかな?」


「うーん。お前はどうなりたいんだ?」


どうなりたいかって。


「まずは、何が好きなのか知りたいでしょ?あと嫌いなものも知りたいし、何をどう考えて生きているのかも知りたいし、趣味とか、今まで見てきた映画とかドラマとかの話もしたいから知りたいし、常に何を考えているのか知りたい。あと、困った時に頼られたいし甘やかしたいし、俺なしじゃ生きていけないようにしたい」


それに食べるものだって作りたい。僕が作り出したものを食べて生きてもらいたい。


「その感情は絶対に言うなよ!?言うなよ!?マジでドン引きされた上に深い溝が生まれるから」


「分かってるよ。だから真咲に相談してるんじゃん」


流石にこの感情が異常であることは知っているけれど、でもある程度は普通の人も持っている感情なんじゃないかとも思う。


確かに重すぎるかもしれないけれど。


「念押しだよ!!!ったく。えーっとそうだな。普通にもっと仲良くなりたいんだでいいんじゃないのか。いやでもちょっと違うな…」


ちょっと違うのか。


「だったら僕はもっと君の近い距離でいたいとかは?」


「あー。うん。いいんじゃないか?」


うん。ならそう言おう。ありったけの想いを込めて。


「言っとくけどな、お前の妹はおそらく小動物だ。小動物は本能的に怖い生き物を知っている。だからお前は距離を取られてるんだよ。そして小動物は逃げるのも早い。いいか、絶対に焦っちゃだめだ。取り返しの付かないことになるんだからな」


それは重々理解している。


「分かってる。ありがとう」


「幸運を祈る」


そうして電話は切れた。


そうだ。夕飯はビーフシチューにしよう。


手間をかけたらきっとすごく美味しいのができると思う。


そうしたらきっと喜んでくれるに違いない。


作りながら考えよう。何をどうしたらいいのかを。








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