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こんなに泣ける小説なんて聞いてない!(side湊)

大変長らくお待たせいたしました。

あと、クリスマス小説を一章と二章の間に移動しました。

楽しんでいただけると幸いです。

休日は基本的に六時に起きる。朝練とお弁当を作らないといけない平日はもう少し早く起きるので、これでも遅い方だ。


カーテンを開けて、天気が良い日は朝一番にランニングをすることにしている。部活に入っていなかった中学時代の名残だ。当時は精神統一と体力作りのために走っていたけれど、今は休日の朝にすることがランニングくらいしか正直することがないので、基本的に時間を潰す為に走っている。効率を重視するのなら、この時間に家事をするのが一番良いとは思うのだけれど、家事の音で唯花を起こすことだけはしたくない。


一時間くらい走って、部活のない日は庭で剣道の素振りもして、一通り終えたら家に戻りシャワーを浴びる。


シャワーの後は冷蔵庫に入っていた適当な果物でミックスジュースを作って新聞を読みながらそれを飲む。唯花が関係しないのならば、これくらいの適当な食事で良い。


新聞を読み終えると、時刻はいつも八時を少し過ぎたくらいだ。


自室からノートパソコンと携帯をリビングの机に持ってきて、ご飯を作り始めるべき時間、今回は九時になるまでまでパソコンの作業をする。


返信しなければいけないメールとか、世界の情勢の確認とかをしていると、携帯が鳴って真咲から「今日暇なら昼頃から練習しない?」というメールが届いた。


体育祭の代休まで剣道の練習をしようとする真咲は本当に剣道が好きなのだな、とつくづく思いながら少しだけ思案する。


いや、暇と言えば暇なのだけれど、もしかしたら唯花も暇で何処かに遊びに行けるかもしれないという一縷の希望があるので、返事は保留することにする。


細々としないといけないことをこなしていると、時計の針が九時を示していたので、唯花がくれたエプロンのレプリカを身につけてご飯を作ることにした。


昨日の夜のカレーを少し取っておいたので、今朝はカレードリアだ。


体育祭当日に夕飯を作る時間がないと考慮した結果のカレーであったけれども、どちらかといえばカレードリアが作りたくて昨日カレーを作ったという方が正しい。


なぜなら、唯花はチーズと半熟卵とカレーが好きだというのが入念なリサーチによって判明したからだ。


つまりそれらを組み合わせたカレードリアが絶対好きに違いないという結論に達したので近いうちに絶対に作ろうと好機を窺っていたのだった。


それになぜか唯花はオーブンや圧力鍋を作った料理を作らない傾向にあるので、なるべく唯花が作らなさそうな料理を作りたいという気持ちがある。


喜んでくれるに違いないと確信は持っているけれど、好きな物を合わせた物が必ずしも好きであるとは限らないので、少しだけ不安に思いながらドリアをオーブンに入れた。


「おはよう、お兄ちゃん。良い匂いだね」


そう言って唯花がリビングにやってきたのは、焼き上がる五分前くらいだった。


「おはよう、唯花。今朝はカレードリア作ってみたんだ。丁度もうすぐ焼き上がるから、椅子に座って待ってて」


今日の唯花もめちゃくちゃ可愛い。朝から唯花に会える日は部活の休みの休日だけなので、凄く貴重だ。可愛い。今すぐ部活を辞めて毎朝唯花と一緒に登校したいくらい可愛い。


「本当!?楽しみ」


そう言って唯花はテレビを付けた。静かなリビングにテレビの音が響く。テレビが付くとテレビに唯花を取られたみたいで少しだけ寂しい気持ちになるのだけれど、かといってテレビより唯花を楽しませる話題が提供出来るかと言われると難しい。


「お待たせ。熱いから気を付けてね」


未だに、唯花のことはよく分からない。


「ありがとう。いただきまーす」


だからこそいろいろなことを知りたいと思っている。とりあえずふーふーとスプーンにドリアをのせて冷ましている唯花は最高に可愛いことが新たに分かった。


「おいっしい」


どうやらお気に召したらしい。


「そう?良かった」


美味しいと言ってもらえたことにひとまず安心したので、自分も食べることにする。


よし。ご飯の件は解決したので、次は唯花の今日の予定を聞かなければならない。そしてこの貴重な休みを活用して出来れば遊びに行きたい。


「そういえば唯花は今日何か予定ある??」


警戒されないように、出来うる限り爽やかさを心がける。


「えっと今日は昨日一日疲れたから、部屋でゆっくりしようと思っているんだけど・・・・・・。お兄ちゃんは?」


そうか。唯花の体調の面までは考慮していなかった。うん。確かにいつもより顔色が悪いような気がする。今日遊びに行けるかもしれないと浮かれていた所為で気が付けなかったなんて、兄失格だ。


「そうだね、まだ唯花顔色悪いし、家でゆっくりするといいよ。僕もそうしようかな」


唯花が出かけるなら真咲の自主練に付き合おうとおもっていたけれども、唯花の体調が急変するかもしれないし、いざというときに備えて家にいることにした。


「うん。お兄ちゃんも体育祭の準備とかいろいろ大変そうだったし、ゆっくり休んだ方が良いよ。今日の家事は、後で私がしておくから」


唯花はそう言ってくれたけれども、俺は元気なので、俺がすることにする。


「ありがとう」


けれども気持ちは嬉しいので受け取っておく。


その後は適当にテレビを見て会話をすると、あっという間に時間は経ってしまった。


「ごちそうさまでした。本当に美味しかった」


毎回そう言ってくれるので判断は難しいけれども、今回は特に気に入ってくれたみたいだった。


「そう?ならまた作るね」


「楽しみにしてるー!」


唯花が望むなら毎食カレードリア作るよ、と思うけれども、好きなものとはいえ毎食出されると好きじゃなくなるということは分かっているので、適度な間隔で作ろうと思う。


そんな会話をしながら、唯花はカレードリアのお皿を水に浸けて、お茶をタンブラーに入れて部屋に帰ってしまった。


「さて」


今日はとりあえず丁寧な掃除と買い物と洗濯をして、他にもしなければならない雑用をすることにした。


昼ご飯は一時くらいで良いと思うのだけれど、問題はなにを作るか、である。朝食が重めだったので、昼は軽めで良いと思うのだけれど、問題はなにをどうするか、だ。


うん。具合が悪いときはアイスクリームと相場が決まっている、と真咲が昔言っていたので、お昼はアイスクリームを買って部屋に差し入れしよう。それ以外にも何か固形物が食べられそうなら簡単に作れるものも買って置くことにする。


ということは、最初に洗濯をして待っている間に軽く掃除してお昼頃に買い物に行ってお昼ご飯を食べて部屋の掃除の続きをすれば良い。


唯花に関係していることならば無駄に思える部屋の掃除もすごく楽しいし、料理だって凄く手の込んだものが作りたくなって買い物さえも楽しいし、唯花に出会ってからとても人生が楽しい、と思いながらスーパーで唯花の好きなメーカーの好きなアイスクリームを買って家に帰った。


そろそろお昼ご飯を差し入れしても良い頃合いだったので早速差し入れすることにする。


部屋のドアをノックすると、少しだけ間を置いて


「はい」


という声とともに扉が開いた。


「そろそろ何か食べるかなーと思って、差し入れ持って来たよ。具合悪いみたいだったし食べやすいようにアイスクリームにしてみたんだけど・・・・・・って泣いてたの?」


唯花の具合の悪さは心配だったけれど、軽度の具合の悪さで心配しすぎるのもあまり良くないな、と思うので、ちょっとだけ心配してますよというのを心がけながら考えていた台詞をアイスクリームを片手に半分まで言った時点で、唯花の頬に涙の跡があることに気が付いた。


「えっと、いやこれは」


それに目も少し赤いし、泣いていたのは間違いないと思う。


「具合悪くて辛いの?大丈夫?今から病院行こうか?それとも何か辛いことあったの?力になるよ?」


額に手を中てて熱の確認をしたけれど、どうやら熱はないみたいなので、具合が悪すぎて泣いていたわけでないみたいだった。そうなると、それ以外で何か泣きたくなることがあったのだろうか。実は学校でいじめられているとか、この家で暮らすのが辛いとか、誰にも相談できず、一人で泣いていたのだろうか。


「だ、大丈夫。あの、その、小説を読んで感動しただけだから」


小説を読んで感動して泣いただけ、とは。


「本当に?」


本当にそうなのだろうか。本当の事が言いづらくてそう言っているのではないだろうか。


「本当に。あの本、あの本読んでただけだから」


そう言って唯花が指さした先には、確かに本があった。


「君のための星?」


「そう。その本」


本もあるし、雰囲気から恐らく本当なのことだろうけれども、カモフラージュのために事前に用意していた可能性もあるので、この判断は慎重にしないといけない。


「なら、良いんだけど。・・・・・・。本当に何かあったら相談してね」


けれども、あまり疑いすぎても良くないので、ここは一旦引くことにする。


「うん。ありがとう」


そう言った唯花の表情には笑顔があったのでとりあえず安心したと同時に本題を思い出した。


「あ、アイス。溶けかけちゃったかな」


少し時間は掛かってしまうけれど、冷やしてまた持ってこよう。


「大丈夫。結局アイスって溶けるものだから大丈夫だよ。ありがとう」


そう言って唯花はアイスクリームの袋を受け取ったので、ここで待たせるのも逆に悪いかな、と思ったので、渡すことにした。そんなに溶けてはいないだろう。


「そう?なら良いけど。まだ顔色悪いし、ゆっくり休んでね」


顔色もまだ悪いままだったし、唯花の顔に涙の跡があるのが凄く痛々しくて、ちゃんと大丈夫かどうか心配で頬を撫でて、階段を降りた。


唯花の好きな味のアイスクリームを食べながら、ネットで『君のための星』について検索する。


作家は一ノ瀬空。出版した小説のほとんどがベストセラーとなり、そのほとんどが映像化している今一番売れている小説家、らしい。


基本的に小説は読まないのだが、唯花が読んでいたものは読みたいので読むことにした。


電子書籍でもいいかな、と思ったけれども、実物が欲しかったので買いに行くことにした。


本屋さんで一ノ瀬空の本は特集が組まれていたので、特に苦労することなく簡単に見つけることが出来た。


『君のための星』を手にとって、この本を読んでいるということは他の本も読んでいるんだろうな、という考えに至ったので他の本も買うことにしたのだけれど、


「あれ、ない」


文庫サイズの『きらり夏川』という本のシリーズだけはほとんどが売り切れていた。今『きらり夏川』を買うと栞が貰えるというキャンペーンの張り紙があったので、それで売り切れているのかもしれない。


他の本屋さんに買いに行こうかとも思ったけれど、この小説は他の本とは少し違うみたいで、なんとなく唯花は読んでなさそうだな、と思ったので他の本屋さんまで買い行くのはやめることにした。


家に帰って、すぐに『君のための星』を読む。


なるほど。確かに感動しそうなシーンはあったし、ネットで感想を調べてみたところ、泣ける小説であることは確からしい。発売日も割と最近で、体育祭で忙しかった事を考慮すれば今日読んで感動して泣いた、というのは嘘ではなさそうだった。


しかし、この小説であれほど泣けるなんて、唯花は本当に優しいというか、感受性が豊かというか、あーもう可愛い。


はぁ、あまり兄を心配させないでくれ、と思いつつも、また一つ唯花の趣味を知ることが出来たのは良かったと思う。


今までは話題と言えばテレビの内容を広げたり学校であった話をするくらいだったので、もっと小説を読んで話題を広げていきたい、と思いながら他の一ノ瀬空の小説も読んで、部屋の掃除と夕飯を作ったら、あっという間に日が暮れて。


夜の七時に、珍しく少しだけ音を立てて、唯花がリビングに入ってきた。


「あ、唯花。顔色大分良くなったね」


大分顔色が良くなっていて安心した。家事をするつもりだったのにごめんなさい、と謝る唯花を、僕がしたくてしたことだから、となだめて一緒に夕飯を食べる。


夕飯を食べ終わったあとが実は一番の至福の時だ。明日のお弁当と朝ご飯の下拵えをする俺の横で、いつも朝ご飯とお弁当を作ってくれているからと茶碗を洗ってくれる唯花と話している時間はテレビに邪魔をされない、幸せな一時だ。


だから栄養バランスの面もあってつい夕飯の品数を増やしてお皿の枚数を増やしてしまうのも仕方がないと思う。それさえも二人分の茶碗だとささやかな抵抗なのだけれど。


その後はお風呂に入って、唯花が眠るまでリビングで適当に雑誌を読むことにする。唯花が家に居るときは基本的にリビングが俺の部屋みたいになっている。


「あ、お兄ちゃん」


唯花も多分いつもこの人家に居るときリビングに居るな、と思っているとは思う。けれど、仕方ないじゃないか。リビング以外だと滅多に唯花に会えないんだから。


「唯花はもう寝るの?」


お茶を注いでいるし、多分そうなんだろうな、とは思うけれど、いつもなぜか聞いてしまう。


「うん。寝るよ」


つまり、今日の唯花に今日の俺が会えるのは最後かと思うと、少しだけ寂しかった。


「そっか。お休み。いい夢を見てね」


俺には願うことしか出来ないけれど、夢の中でもいつでも幸せな事を祈るよ。


「うん。お兄ちゃんもいい夢を見てね。おやすみなさい」


そう唯花に笑顔で言われたら、凄く良い夢が見られる気がした。


唯花も寝たことだし、俺も部屋に戻って眠ることにしよう。


おやすみなさい。

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