こんなにいろいろな人に出会うなんて聞いてない!2/2
絵の具がついている筆はすこし遠くの手洗い場で洗わないとといけないので、筆がたくさん入っているバケツを持って手洗い場まで校舎の外を歩く。
夕方の少しだけ春が通り過ぎていこうとしている外の風はとても心地が良かったけれど、少しだけ夏らしさが感じられて、もうすぐ夏がくるんだなぁとしみじみと思っていると、
「あれ、三枝さん……?どうしてこんなところにいるの?」
と後ろから声をかけられた。誰だろうと思って振り返ると、そこには千葉くんが制服姿で立っていた。
「私は美術部で体育祭の看板作ってて、そこの裏手の手洗い場に筆を洗いに来たんだけど……千葉君は?」
そう言って気が付いた。そういえばここって武道場が近いんだっけ。恐らく部活が終わって帰るところなのだろう。
「へー。体育祭の看板って美術部が作ってるんだ。知らなかった……。俺は剣道部で、今から帰るところなんだけど」
確かにみんな知らないだろうな……。特に入場門と退場門とかの文字系の看板は毎年使い回していると思っている人は多いと思うけど、違うんだよ。他の学校のことは良く知らないけど、うちの学校は美術部が毎年新しく書いてるんだよ……!
「その、三枝さんはまだ今日時間掛かりそうな感じ?」
「えっと、これ洗い終わったら終わりだから、そんなに時間掛からないかな」
というか、時間掛からないといいなーが正確かもしれない。
「そうなんだ。……あの、もしよかったらさ、」
そう千葉君が続きを口にしようとした時、
「あれ?唯花?どうしてここにいるの?」
「あっれー柚葉もいるー!どうかしたの?」
という声がまた私の背後からしたので、千葉君は口を閉ざし私は再び振り返ることになった。
「お兄ちゃん!?どうしてここに?」
「兄貴!??」
振り返るとそこには、私のお兄ちゃんと、千葉君のお兄さん、つまり桐葉さんがいたのだった。
「さっきまで生徒会の仕事をしていて、それが終わったから剣道部の様子を見に来たんだけど……」
あぁ。それでお兄ちゃんも武道場に通づるこの道を通ったのか。
「えっと、私は今から筆を洗いに行くところで、千葉くんは今から帰るところだそうです」
それにしてもただ道を通っただけなのに、こんなに知り合いに会うなんて奇遇だなぁ。運が良いのか悪いのかはよくわからないけど、試しに帰りに宝くじを買ってみても良いかもしれない。
「あぁ。そうなんだ……って唯花の手、どうしたの!?怪我したの!?」
そう言ってお兄ちゃんは私がうっかりインクを手に付けてしまった右手を手に取って怪我をしていないか心配してくれたので、私は手にインクがべったりついていることを思い出した。そういえばすっかり忘れていた。
「いや、怪我とかじゃなくて、ペンキうっかり付けちゃっただけだから、大丈夫だよ??」
そう言うと、お兄ちゃんは安心したような表情と、それでも何故かまだ心配そうな表情が混ざり合ったような顔をしていたので、このインクが洗ってもとれないようなら、別の色のインクを上から上書きしたほうが良いかもしれない。
「どうも、柚葉の兄で湊くんと一緒に生徒会をしている千葉桐葉です。俺は湊くんの付き添いで剣道部の様子を見に来たんだけど、今日は唯花ちゃんに会えてラッキーだったなー。よろしくね!」
事の成り行きを見守っていた桐葉さんは一段落したからか、そう自己紹介をした。そして、兄が手を離したばかりで若干右手が前に出たままの私と握手をしようとした瞬間。
「唯花に触るな」
お兄ちゃんはものすごい勢いで桐葉さんの右手をたたき落とし、
「三枝さんに触らないでくれる?」
千葉君……柚葉くんは私の腕を掴んでぐいっと後ろに引っ張った。
えぇ。この二人の反応は何なのだろう。私と桐葉さんが接触したら地球が滅ぶから、陰で阻止するように依頼されたエージェントか何かなのだろうか。それくらいの勢いと迫力があったんだけど。
「えぇ。二人ともひどいよー。俺綺麗好きだから手綺麗だよ?というか、湊くん割と本気で手刀打ってきたよね??超痛いんだけど。もう少し手加減してよね」
あぁ。うん。結構本気だったように見える。だって風圧で前髪ちょっとだけ持ち上がってびっくりしたもん。
「これでも大分手加減した方だけどね」
マジか……。お兄ちゃんが本気出せば風圧で紙とか切れそう。それでかまいたちとか恰好良い技打てそう。流石に無理だとは思うけど。
「千葉……桐葉は今後唯花に接触しないこと」
ここに千葉と三枝が二名ずつ揃っていたら、まぁ分かるとはいえ下の名前の方がいいよね。
「名前呼び捨てにされたー!って喜びたいところだけど、全然喜べない理由っぽいなー。しかし接触禁止ってひどくない??一切話すな近寄るなってことでしょ??」
「……じゃあ単独での接触禁止」
緩和してもなお単独での接触禁止って……。この人そんなに危険人物なんですか!?




