三枝さんが来るなんて聞いてない!(side 柚葉)
朝から体調は悪かった。悪かったが、保健室で休めば良くなるかもしれないと希望を持って登校して保健室で休んでいたのだけれど、全然良くなる気配はなくて、
「熱も下がらないし、今日は帰りなさい」
と保健室の先生に言われてしまったので、帰ることになった。
うーん。昨日の夜「打倒三枝主将」と思って外で張り切って素振りをしたのがいけなかったのかもしれない。昨日の夜ちょっと外寒かったし。
昔から体が弱くて、今でも油断するとすぐに風邪を引いてしまう。
はぁ。今日部活に出たかったなーと思いながらのろのろと教室に戻った。次の授業が生物のため、皆は既に生物室に移動してしまったらしく教室には誰も居なかった。電気を点けることさえ面倒で、暗いまま荷物を詰める。
というか、生物室までわざわざ行って先生に帰りますと言わないといけないのか・・・・・・。
はー。きついな。そう思いながら適当に荷物を詰めていると、がらりとドアが開いて三枝さんが教室に入ってきた。うわぁ。なんで三枝さんがここに!?
もの凄く動揺したが、とりあえず彼女のことを観察していると、どうやら資料集を取りに来たようだった。あぁ。油断すると忘れちゃうよね。
きっと資料集を手にした彼女はこのまま無言で去ってしまうのだろう。もし俺に声をかけるつもりがあるなら、教室に入った時点で何かしら声をかけるはずだし。
なんとか俺から声をかけようかとも思ったけれど、かといってなんて声をかけたら良いかわからなかった。そもそも可愛いなって思っただけであって彼女の性格を一切知らないので、俺から声をかけて厄介なことになるのだけはごめんだった。なので、今日のところはとりあえず見送ることにしよう。
けれども、資料集を持った彼女は、こちらをくるりと振り返って、
「あの、もしかして早退するの?先生に伝えておこうか?」
と、俺の予想に反して声をかけてくれたのだった。
どうやら俺の第一印象はどうやら間違っていなかったらしい。
彼女は天使だ。
「え?あ、うん。そうなんだ。体調悪くて、さっきまで保健室にいたんだけど帰ることになっちゃってさ。伝えて貰えると助かる」
そこまで言うと、咳が出そうになったので急いで後ろを向いて咳をする。間違っても彼女の方へ咳をするわけにはいかない。咳マナーだ。
「分かった。早く体調が良くなるといいね。あと気をつけて帰ってね」
そう言って彼女は足早に教室から出て行こうとしたが、俺はお礼を言うのを忘れていたので、慌てて去っていく彼女の背中に言った。
「ありがとう、三枝さん」
その言葉に彼女は軽く右手を挙げただけで、俺のことを一切振り返りもしないで去って行ってしまった。
その瞬間、俺は恋に落ちた。
俺に近づいて来る奴らの大半は兄貴のことを知りたい奴か、俺の見た目だけが目的の奴が多かったから。
だから振り返らなかった彼女は純粋に、何の下心もなく俺のことを心配してくれたというのがとても嬉しくて好きになったのだけれど、そうなると俺の見た目がなんの魅力もないということになるわけで、それはそれで悔しい気もする。
はぁ。厄介だな。厄介。
アプローチをかけるとしても、とりあえず風邪を治すことに専念しようと思って、俺は荷物を持って家に帰ることにした。




