こんなに可愛い子が剣道部の見学に来るなんて聞いてない!(side 柚葉)
彼女が入って来たとき、俺は本気で天使が剣道場に舞い降りたかと思った。
「なぁ、福岡」
「なんだよ、柚葉」
なのでぼんやりと彼女を見つめながら、俺は福岡に、分からないだろうなぁと思いながらとりあえず彼女のことを聞いてみることにした。
「あの女の子の名前、知ってる?」
「知ってるも何も、俺らと同じクラスだよ!!そろそろ一週間だし、クラスメイトは覚えておいた方が良いと思うぜ!!」
まさかの同じクラスだった。
「そうだったんだ・・・・・・。いや、兄貴のことを聞いてきた奴は男女問わずクラス問わず全員覚えているんだけど、聞いてきてない奴のことはまだ覚えてないからさ」
ということは、彼女は俺の兄貴については聞いてきていないということである。それは俺にとって朗報だった。
「え?何で兄貴のことを聞いてきた奴のこと覚えているんだ?」
福岡も桐葉のような兄を持ってみればきっと俺の気持ちが分かると思うよ。
「なにかあった際にうっかり話しかけたりしないように、だよ。兄貴のことに興味ある奴に話しかけて、兄貴のこと教えて貰えるかも、とか期待持たせたくないからな」
というか、兄貴のことを弟の俺に聞いてくる奴となんか話すことだけでも嫌だった。
「な、なるほどな・・・・・・。それでお前、今日まで一緒にいる奴いなかったんだ・・・・・・」
そう。実は福岡とは今日仲良くなったばかりなのだった。俺は俺に兄貴のことを聞いてきた奴とは絶対に友達にはならないし、それ以外の奴は俺に話しかけてこないので、俺から話かけない限り友達はできないからだ。
「まぁ、気が合う奴じゃないのに、無理矢理友達なんて作ってもしかたがないからな」
なので剣道部に入部してから友達を作ろうと思ったのである。まぁ、今回は、朝剣道の道具を持って教室に入ってきた福岡と仲良くなったので、入部してからではなかったのだけれど。
「まぁ、そういうものかもしれないけれどさー。お前のそういう人間関係にもの凄くドライそうなところ怖いというか、心配になるわ。お前、友達今までいたことある??」
失礼な。
「いたよ!中学でも剣道部仲間がいたよ!いたけど、みんな剣道馬鹿だったからうちの学校の試験に通らなかったんだよ!!!」
この学校がもうすこし偏差値と倍率が低ければ、俺にも中学の友達がいたのに。切ない。
「あぁ。確かにここに入学するの、難しいもんな・・・・・・。疑ったりして悪かったよ。で、どっちの子??そんな人間関係にドライなお前が気になった子って。俺は美人な子の方だな!」
どうやら福岡は、美人な子が好きらしい。
「俺は真咲副主将と話してる子、かな。お前があの子を美人というなら気が合うけど」
まぁ、あの子はどちらかといえば可愛い子だと思う。
「どうやらお前とは気が合わないらしい。というか、あの子はお前と同じくらい有名だぞ。あの三枝主将の義妹らしいから」
へー。そうなんだ。きっと俺と同じくらい苦労をしてきたのだろう。そう思ったらもっと親近感と興味が湧いた。同じクラスなら近いうちに話すこともあると思うし、その時が楽しみである。
流石に部活初日に女の子をナンパする勇気はない。
「たしか三枝唯花だったと思うよ。で、美人な方が静岡美琴」
唯花、か。名前さえも可愛いなぁ。
「あ、そろそろ練習試合始めるってさ。へー。あの子たち見学するみたいだな」
ようやく練習試合の時間になったか。やっと剣道歴八年目の実力をみせる時が来た。三枝主将に勝って唯花ちゃんに恰好良いところを見せてやる!!
と思っていたけど、瞬殺されました。いや、流石に勝つというのは冗談だったけれど、ここまで瞬殺されるとは思っていなかった。本当にあの人は強い。微塵も俺に隙をみせることなく、逆に一瞬作ってしまった隙を見事につかれてしまった。悔しい。
俺は他の新入部員には全員勝ったけれど、三枝主将の前では、俺も他の部員と同じだった。全く持って敵ではなかった。全然気にもかけられなかった。
だから俺は、凛と綺麗な姿勢でまっすぐに正座している三枝主将を見ながら、絶対にこの人よりも強くなって敵と認めさせてやる、とそう心に誓った。