お兄ちゃんがこんなに凄いなんて聞いてない!
「よし!剣道部張り切って行くわよ!」
こんなにはしゃいでいる美琴を初めて見たというくらい今日の美琴は、とてもはしゃいでいた。
「あ、うん」
何故かというと、今日は剣道部に見学に行く日だからである。どうやら美琴は剣道部を見学するのが、相当楽しみだったらしい。
いつも冷静な美琴が珍しいなぁと思いつつ、美術室からテクテクと武道場へ向かう。美術部も武道場もどちらも結構辺鄙な場所にあるので、案外遠い。
「うわ・・・・・・」
武道場着いて一番目に付いたのは、今日は試合の日なのかな?というくらい見学しに来ているたくさんの女子だった。
「すごい人だかりだね」
同じように感心していた美琴に声をかける。
「そうね。さすがのあたしもこんなに女子が見学しに来てるなんて想定していなかったわ。でもまぁ、見学していても目立たない、という点ではありがたいけど」
確かにそうだった。男子剣道部の見学に女子が行くなんて目立って恥ずかしいな、と思っていたけれど、どうやらそれは杞憂だったようだ。
武道場に着いたら教えてね、と言われていたので、そのことを伝えるために靴を脱いで武道場へ上がる。
前回生徒会室に入ったときに声をかけたのは美琴だったので、今回は私が先に声をかけることになった。
どちらに声をかけるか迷ったけれど、綺麗な姿勢で素振りを淡々としているお兄ちゃんの練習の邪魔をするわけにはいかないので、割と出入り口付近でいろいろな指示を出している真咲さんの方に声をかけることにした。
「真咲先輩、見学しにきました。……すごい人だかりですね」
「あ、唯花ちゃん!ようこそ、剣道部へ。そうなんだ。予想以上に人が集まってびっくりしてるところ。でも部活見学期間に見学しに来てくれた子たちを、たとえマネージャーは募集していないとはいえ追い返すようなまねはできないから、今は仕方がないかな」
へー。今年はマネージャー募集しないんだ。確かにこれだけの女子が全員マネージャー希望なのだとしたら、いらないというしかないよね。
「それにしても丁度良かった。そろそろ新入部員の腕前を知るために練習試合始めようと思っていた頃合いだったんだよね。そこで二人は座って見学してくれる?」
そう言って真咲さんが示した方向は武道場の角だったので、他の女子が外で見学しているなか、武道場の中で見学なんてできませんよ!と思った。
「大丈夫。他の子たちも部屋の中に呼ぶからさ。じゃあね」
そんな私の気持ちを読んだのか真咲さんはそう言った後、他の部員に呼ばれたので他の場所へ行ってしまった。大変だなぁ。
「ちょっと、美琴行くよ」
このままここに突っ立っているわけにはいかないので、隣できょろきょろと剣道部を眺めていてこちらの話を聞いていなさそうな美琴を引っ張りつつ、指示された場所に座る。その間に美琴が言った台詞は
「袴!竹刀!剣道!恰好良い!」
だったので、早くいつもの美琴に戻って欲しいと思いました。
真咲さんの指示で他の女の子たちも私たちの隣に座ったり、後ろに立ったりとした後、練習試合が始まった。
審判は先生がするらしい。とにかく数をこなさないといけないので、どちらかが一本取ったらそれで試合は終わりとなり、次の対戦になるそうだ。あまりにも決着が着かないようだったら頃合いをみて引き分けになるらしい。
たくさんのいろいろな人の試合を見たのだけれど、私の目はお兄ちゃんに釘付けだった。というか、ほとんどの人が多分お兄ちゃんを見ていたと思う。
それくらいお兄ちゃんは強くて、そして綺麗だった。
鮮やかに短い時間で一本を取っていくお兄ちゃんは一回も負けることなく、練習試合は終わった。
「湊さんすごかったわね」
練習試合が終わって部活見学が解散になった後、私たちはなんとなく家に帰る気がしなくて、駅前の喫茶店に入って少しお茶をすることにした。
「うん。すごかった」
なんていうか、アニメとか小説とかで強い人がばっさばっさと敵をなぎ倒すシーンを見ていつも、一人がずば抜けて強いとかってあるのかなーと疑問に思っていたのだけれど、あの兄の様子を見る限りありうるのだろうな、と思ってしまうくらい兄は強かった。
そんな話から最近の戦国アニメの話になり、そしてお茶もなくなったし時間も時間だしそろそろ帰るかーという話をした後。
「唯花!?なんでここにいるの?」
突然後ろからお兄ちゃんに話しかけられてもの凄くびっくりしました。
「お兄ちゃん!?どうしてここに?」
うわわ。大丈夫だよね。オタクなことばれてないよね。うん。静かめに話してたし、店内はそれなりにがやがやがしていたし、大丈夫だろう。というか店内がいつの間にかほぼ満席になっていたのには驚いた。そっか。それでお兄ちゃんは席を探していて私を見つけたのか。
「僕は真咲とこれからの剣道部の運営について相談しに来たんだけど・・・・・・」
あぁ。なるほど。確かに新入部員の数多かったもんね。運営の仕方は悩むよね。
「えっと私たちは、なんとなくお茶しようかーって入っただけで、そろそろ帰ろうとは言ってたんだけど・・・・・」
言ってたんだけど、この空気で先に帰ってもいいのか!?いや、ここにこのまま残っていても邪魔になるだけだし、帰ってもいいよね。
「あれ?唯花ちゃんに美琴ちゃんじゃん!何でここにいるの?待ち合わせでもしてたの?」
そして真咲さんが遅れて登場したことにより、一歩進んでいた会話が、一歩前に戻る。
「そうなんだー。何だったら一緒に座る?席見つからないけどなんとか見つかるでしょ」
「いえ、邪魔になるので帰ります。よかったら席使って下さい。ね、美琴」
「はい。あたしもそろそろ帰らないといけないので。唯花の分ついでに片づけとくね」
そう言いつつ美琴は鞄とトレーを持って、止める間もなくすたすたと歩いて行ってしまった。
そして取り残される私とお兄ちゃんと真咲さん。どうしよう。ものすごく美琴に着いて行きたいのだけれど、これは今日の感動を伝えるチャンスなのではないだろうか。家に帰って改めて話すというのも気まずいし、今なら言い逃げという高度な技術が使えるのだ。
今言うしかない。
「お、お兄ちゃん!今日、初めてお兄ちゃんが剣道してるところ見たんだけど、その、もの凄く強くて、綺麗で、それで格好良かったよ!」
う、うわー!言っちゃった!でも本当にそう思ったし、中学の美術部で、良いと思ったことは素直に相手に伝えなさい、と教わっていたこともあり、この感動を伝えなければ……!と思ったので、後悔はしていない。
「それじゃあ、失礼します!」
だけど、素直に言うというのはもの凄くこちらとしても恥ずかしいので、トレーを片づけ終わって出入り口で待っている美琴の元に逃げることにした。
だから知らなかったんだ。お兄ちゃんが顔を真っ赤にして照れていたことを。