ご褒美なんて聞いてない!
なんとかぎりぎり兄が帰ってくる前に部屋の片付けが終わった……!
完璧に掃除できたか、と言われたら完璧じゃないとは思うのだけれど、まぁ、許容範囲内だろう。
兄を待っている間英単語帳を眺めながら、リビングのソファーに座っていると、鍵を開ける音がして、
「ただいま」
というお兄ちゃんの声がした。とうとう帰ってきたんだ。
普段は出迎えたり出迎えなかったりするのだけれど、久しぶりに会うのなら出迎えるべきだろう。
そう判断して、玄関に向かった。
「あ、おかえりなさい」
久々に見たお兄ちゃんは、なんていうか相変わらず格好よかった。というか、爽やかだった。
外は夕方とはいえ、八月だしまだまだ暑いはずなのに、お兄ちゃんは汗一つかいていないようにみえる。
お兄ちゃんは、笑顔で改めてただいまと言って、玄関から廊下に上がってきた。
「お義父さんとお母さんは、残念ながら仕事の都合が合わなくて帰れないけれど、優勝おめでとうって電話で言ってましたよ」
今日のお祝いをするにあたってまず最初にこのことを伝えなければならない。本当は家族みんなでお祝いしたかったなぁ。
けれども、一緒にお祝いできない分、豪華なお寿司とケーキを買っていいわよ!と言われているので、今日のお寿司は豪勢だ。
「唯花は?」
などとお寿司に想いを馳せていたので、兄が何を言いたいのか、さっぱり分からなかった。
「え?」
家の件?私はもちろん家にいますよ。
「唯花はおめでとうって言ってくれないの?」
あぁ。なんだ。そのことか。昨日メールでおめでとうって言ったけれど、こういう時は直接会ったら改めて言うべきだよね。
「あ、そうですね。えっと、インターハイ優勝おめでとうございます」
「ありがとう」
うんうん。これで今回義務はほとんど果たしたようなものだし、あとは舞台をリビングに移して、豪華な夕飯を食べるだけの、簡単なイベントである。
「あと、インターハイに優勝したから唯花からご褒美が欲しいんだけど」
などと考えていたら、兄が爆弾発言しました。
え、ご褒美って何?何も約束してないよね!?
「え?」
「あのね、もっとフランクに話してほしいんだ。丁寧語じゃなくて」
あー。実は少し前にため口でも良いかなって思った頃もあったんだけど、私なりの心の距離もあったし、変えるタイミングを逃していたこともあって、ずっと丁寧語で話してたんだった。
確かにいつまでも丁寧語っていう訳にもいかないとは思うけれども、これが私の防衛ラインというか、なんというか。
しかし、お兄ちゃんに懇願するような顔で言われてしまっては、よっぽどの理由がない限り断ることなど到底できそうになかった。
「分か……った」
断りたい、そう思いつつ断れない私は、多分押しに弱い。